「年末年始どっか行きたい所あるんやったら早めに言うんやで。」

「そうですね…。」

そう言われて私は少し悩んだ。旅行に行くならばもう予約をしても遅いだろう。じゃあ、日帰りかなと思ったけれど、混雑するのは目に見えている。いつものように家で過ごすのも悪くないかなとそんな事を思いながらひとつ行ってみたい所があったことを思い出した。

「そんな所でええんか?」

「一度行ってみたかったんです。」

「ほな、前日はちょっと早よ起きて行こか。」

「はい。」

さて、当日どんな形になるのだろうか。ワクワクとしながら当日を迎えるまで私は粛々と準備を始めた。

そして迎えた当日。まだ横で眠る真島さんを起こさないようにそっとベッドから降りる。まだ外は暗く出発までの時間はある。けれど、これは大切な準備の為の時間。さっと着替えをしてエプロンをつける。用意しておいた材料を取り出して静かに作業を始めていく。

暖めていたお湯は珈琲に。ドリップができたら冷めないうちにステンレスポットに入れる。
パンは切ってトーストに。焼きあがったら用意していた材料を入れて挟んでカット。可愛いプリントのペーパーに包んだら完成。
あとはスペースに開きがあるので適当にお菓子を詰め込んで。

完成されたピクニックバスケットを見て思わず笑みが零れた。さて、用意はできたことだし、あとは片付け。洗い物を終えてあとは化粧を少し。朝はきっと寒いだろう。身の回りの準備をしていると、目を擦りながら起きてくる真島さん。

「なんや、もう起きとったんか?」

「はい。バッチリ準備はできてます。」

「なんや、そのけったいな入れもんは?」

「これは着いてからのお楽しみです。」

「ほぉ…。」

バスケットの中を開けようとした真島さんを制して準備するように促す。真島さんの準備はとても早い。いつものようにさっとジャケットを羽織って顔を洗って髪を整えたら終わり。

「その恰好だと寒いですよ。」

「大丈夫やろ。」

「もう!」

これも冬になるとよくするやり取り。素肌にジャケットだけの恰好で365日過ごしている。夏は暑いだろうし、冬は寒いだろう。それでも頑として譲らないのは真島さんのポリシーなんだろう。

「準備できたし、そろそろ行こか?」

「はい。」

欠伸をしながら真島さんは車の鍵を手に。私はピクニックバスケットを手に後を追う。そして、やっぱり悩んだけれど、あるといいかもと目についたひざ掛けも追加で。後部座席の足元にバスケットを置いて助手席に乗り込む。シートベルトをつけるとすぐにエンジンの音が。

「ほな、出発するでぇ!」

「お願いします。」

軽快な音を立てて車が動き出した。外の景色に目をやると、思ったよりも人は少ない気がする。やっぱり、メインは年越しの瞬間なんだろう。街中の静かな雰囲気を噛みしめながらナビはどんどん目的地に近づいていく。

「運転疲れたら変わりますよ。」

「大丈夫や。椿は普段運転しとらんやろ。」

「そうですけど…。」

巷では狂犬と言われている真島さんだが、運転は至って安全だ。私はというと、免許は持っているがペーパー。都会に住んでいるとほとんど運転の機会に恵まれることはない。そんなのんびりとしたドライブはあっという間に目的地へ。

「はぁ、やっぱり冷えるのぅ…。」

「だからしっかり防寒してくださいって言ったのに!」

「これはな、ワシの制服みたいなもんや。」

「もう…。」

呆れながらもやっぱり持ってきて良かったと思ったひざ掛けを取り出して真島さんの肩に掛ける。おおきになと言いながらさくさくと砂の上を歩いて良さそうな場所を探す。私が来たかった場所は冬の海。ここで朝を待ち侘びて初日の出を真島さんと見たかった。

「おっ、なんか良さそうな椅子があるで!」

「ほんとですね。」

適度な大きさの流木。2人で肩を寄せていれば座れるだろう。見やすい場所に流木を置いて腰かける。息を吐くと白い吐息が舞いきっちり防寒してきたけれど、やっぱり寒い。

「椿、ちょっと待っとってくれるか?」

「はい…。」

すぐに戻ると言って真島さんは駆けていく。邪魔になるからと言って渡されたひざ掛けを身体に包むとほんのりと真島さんの付けている香水の香りが鼻を掠める。その香りに目を細めながら海を眺める。今日は風が強くないおかげで波も穏やか。じっと眺めていると思わず海の中に吸い込まれそうな気持ちに思わずなってしまう。

「待たせてもうたな。」

「まだ日の出までは時間があるので大丈夫ですよ。」

「そうか。」

真島さんの手には木と見慣れない道具が。何だろうと黙ってみていると真島さんは目の前でささっと準備をしていく。

「ほれ、これで暖かいやろ。」

「暖かい。でも、ここで焚火するの駄目なんじゃ…。」

「細かいことは気にせんでええ。」

「もう…。」

世間一般の常識を問うた所で無駄なことは百も承知。そう、真島さんにとっての常識は世間一般とは違うのだから。しかし、火事にならないようにシートを敷いて焚火台を持ってきたことには意外だった。聞いてみると、以前組でキャンプをするときに使ったものを入れっぱなしにしていたようだった。

「こうやって火ぃ見てるのもなんかええな。」

「そうですね。」

1つのひざ掛けを2人で包まりながら焚火を静かに見つめる。会話はなくても全然退屈ではなく寧ろ満たされていた。真島さんがポケットから煙草を取り出すのを見てバスケットを開けることを思い出す。

「朝から用意しとったんはこれか?」

「はい。待ってる間お腹空いたら困るかなと思って。」

ポットに入れたコーヒーを真島さんに手渡す。一口飲んで煙草を美味しそうに吸っている。私も同じようにコーヒーを入れてほっと一息。

「お腹は空いてますか?」

「おぅ!」

サンドウィッチを手渡すと真島さんはエライ凝った中身やないかと嬉しそうに食べている。私はどの味にしようかなとたくさん作った中から選んで食べていく。外で食べると不思議といつもよりも美味しく感じた。そう話すと真島さんもそうやなと嬉しそうにお替りのサンドウィッチを選んでいる。

「あっ…。」

着いた時は真っ暗だった海が徐々に明るくなるのを感じていると、水平線から徐々に見えてみるもの。時計をみるとあと少し。手にしているサンドウィッチをすぐに平らげ、コーヒーを飲み干す。日の出の瞬間を待ち構える為だ。

「そろそろやな。」

真島さんも同じ気持ちのようで煙草を急いで消して海を眺める。焦る気持ちでそわそわしていると真島さんはそっと自分の手を取って重ねている。私はその手をぎゅっと握ってその瞬間を待ち侘びる。

徐々に姿を現した太陽。色はちょっと高い卵の黄身のようでとても綺麗だった。真島さんにそう言うと、椿は食いしん坊さんやなと笑っている。私はちょっと拗ねたように他に良い表現がなかったんですよと言い返す。そしてお互い顔を見合わせて笑う。

「立派なもんやのぅ…。」

「ほんとに…。」

言葉にならないとはこのことなんだろう。綺麗に地平線に浮かんだ太陽。思わず溜息が漏れてしまう。さっきまでは寒くて仕方なかったのに、太陽が上がると辺りは少しずつ暖かくなっていくのを感じていた。

「真島さん、連れてきてくれてありがとうございました。」

「こんなんお安い御用や。」

真島さんは何ともないように言っていたが、私はとても特別な気持ちになっていた。新しい年を迎える瞬間をこんな風に大好きな人と迎えられることのありがたさ。この幸せをそっと噛みしめていた。

「椿、今年も宜しくな。」

「こちらこそ。」

真島さんはそう言って私をぎゅっと抱きしめて口づけをひとつ。さっきよりももっと幸せな気持ちに。今年も真島さんとたくさん幸せを感じられる年になれるといいなと思いながらそっと目を閉じた。




海辺ピクニック



|

top

×
- ナノ -