こんな風に穏やかに季節を感じられるというのはなんて贅沢なんだろう。そんな事を思いながら並木道を歩く。この季節特有の銀杏の香りもいつもは臭いと思いながら眉を顰めてしまうが、今年は違う。私の一歩先を歩く男の人がいるから。それだけでこの紅葉も特別に感じられる。

「立派なもんやのぅ…。」

「そうですね。」

季節の移ろいを好きな人と歩く。なんて嬉しいことなんだろう。…といっても私と真島さんは特別な関係ではない。今日のように突然連絡がきて会って少し話をするだけ。手を握ったこともキスもしたことも抱きしめられたこともない。きっかけがあればその一歩進んだ関係になれるのかもしれないが、きっとそれはないだろう。

「なんや、俺の顔になんかついとるか?」

「いえ。」

真島さんの素肌に散った綺麗な墨。それがあるせいだと私は思っている。真島さんの中で明確に私との線を引いているのだろうと。カタギの私と極道の真島さん。どう進んでもその道は茨しかないと思っているからだろう。

私はそれでもいいのに…。

全て投げ捨ててでも飛び込む覚悟はある。けれど、真島さんの気持ちは分からない。だから怖いのだ。自分だけが飛び込んでただの独り相撲になってしまうのが。

だから、今のままでいい。

不定期に訪れる連絡を受けて会う。そして、真島さんの元気な姿を目に焼き付ける。それ以上の幸せを望んではいけないと。いつもそう言い聞かせて理性にブレーキを掛けている。
さくさくと落ち葉を噛みしめて浮き立つ気持ちを静める。この季節が終われば冬。次に会う時はもっとうんと寒くなっているのだろう。その時も真島さんは今日と変わらず薄着で私の前に現れるのだろうか。そんな事を思いながら並木道のゴールまではあと少し。

「ちょっと、待っとってもらえるか?」

「はい。」

電話やといって真島さんは人気のない場所へ。私は目印になりそうな空いているベンチに腰かける。さっと風が吹いて落ち葉が舞う。その瞬間を見ながら今日の真島さんとの時間も終わりが近いのだろうと悟る。

本当に刹那だ。
まるでそれは人の一生と同じ。

欲張りになってはいけない。今日、元気な姿が見られただけで幸せ。そう、十分幸せだ。自分に言い聞かせて今日の終わりを感じ始めていると、真島さんが私を見つけて駆けてくる。

「急用ですか?」

「そうやない。」

「そうですか。じゃあ、そろそろお開きにしますか?」

本当は用事ができたのだろう。こういう時は聞き分けのいい女でいたい。我儘な自分を出した所で次はないことが分かっているから。束の間だけど、秋を真島さんと体験できてよかった。そう思っていたのに…。

「もうちょっとくらいええやろ。」

「えっ…。」

目の前に差し出された手を見て驚いてしまう。こんな事は今までなかった。だから単純に動揺しているのだ。この手を取っていいのかどうか。

「椿は帰りたいんか?」

「いえ…。そんな訳じゃ…。」

少し遠かった手が更に近づいて私の前に。少し考えてから私はその手を取った。真島さんはほなどこに行こかと楽しそうにしている。こんな簡単に事が進むのか。驚きながらも私はその初めて与えられる温もりをひしひしと感じる。

「真島さんの行く場所ならどこへでも。」

「ほぉ。言ったな?」

真島さんは意地悪そうに笑い、私は少し困惑する。でも、不思議と怖さはなかった。その温もりに包まれていたらなぜか妙な安心感があるからだ。

そう、好きな人とならどんな道でも怖くない。

繋がれた手を少しだけ強く握る。ほら、やっぱり。その温もりに包まれると自分も自然と強くなれた気がした。







「真島さん、昨日は何か特別な用でしたか?」

「だから、言うたやろ。のっぴきならん用や。」

「じゃあ、新しいシノギの件ですか?」

「そういう用やない。」

そう言って男は小指を立てる。途端に溜息を吐く目の前の男。東城会の本部で交わされたやり取り。そんな話があったとは露知らず私は良い香りがする紅茶を口に。まだ昨日の余韻に浸っていた。

季節の中でもとりわけ一瞬で過ぎてしまう秋。その瞬間を好きな人と一晩過ごせた。この思い出は一生忘れることはないだろう。そして、次に訪れる冬。また新たな気持ちでその好きな人と過ごせる。これから先のことを考えてふっと笑みが零れた。窓の外を見ると、そろそろ訪れる冬の様相が見え始めていた。




秋を楽しむ



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