春になったら桜を見に行きたいですねと何かの会話の流れで私がそう言ったのはまだコートも手放せない寒い時期の頃だった。言った本人は当にそんなことはすっかり忘れて季節は暖かくなり始めた頃。

「椿、そろそろやのぅ…。」

「ん?何かありましたっけ?」

大事な記念日や出来事があっただろうかと悩んでいると、真島さんは花見したい言うとったやろと言われてようやくその時の会話を思い出した。

「覚えてくれていたんですね。」

「当たり前やろ。椿と話したことは一言一句この頭に叩き込んどるわ。」

そう言って自分の頭をトントンと叩く真島さん。今までお付き合いした人は悪い人達ではなかったけれど、付き合った瞬間釣った魚に餌をやらない人が多かった。付き合うことをゴールにしていたその人達とは付き合ってからの終わりはとても早かった。そんな過去の人達と比べると真島さんとの付き合いは随分長い。やはり、この人は他の人とは違うのだ。

「ありがとうございます。近所で見られる所探しておきますね。」

「いや、候補はもう見つけとる。満開になったら一緒に行くで!」

「その時を楽しみにしておきます。」

「おぅ…。」

嬉しい気持ちが零れて真島さんに抱き着くと、そのまま2人してソファーに倒れ込んだ。どんなお花見になるのか楽しみだなぁと思いながらも今は目の前のことに夢中。すぐにピンク色の世界に2人して溺れていく。

いつになるのか分からない予定。でも、それは毎日過ごす上で楽しみにもなる。真島さんとした約束の日から一週間ほどが過ぎたころ、今週は開けときと連絡がきた。どこに行くのかわからないまま当日を迎えその日は朝から自宅の前に黒塗りの車が一台待ち構えていた。

「今日も変わらず別嬪さんやのぅ。」

「真島さんも今日もかっこいいですよ。」

…といつまで経っても付き合いたてのような空気で話す車内。すぐに車は動き出して目的の場所へと向かおうとしている。確認の為、一応どこに連れて行くのか聞くが、真島さんは着いてからの楽しみやとにやりと笑みを浮かべている。

「おぉ、着いたでぇ!」

車は大きな屋敷の前で止まった。私はその立派な造りを目の前に緊張が走る。そんな私と対照的に真島さんはさっと車を降りて私の方のドアを開けて手を差し出している。

「ありがとうございます。」

ほら、行くでと言わんばかりに真島さんは門の前にぐんぐん進んでいく。私は少し躊躇しながらも繋がれた手をしっかり握りながら真島さんの後を追うだけ。
ドンと門が開いて立派な建物が現れる。思わず歩みが止まってしまう。不安な気持ちで真島さんをそっと見つめると、大丈夫やと言ってそのまま歩みを進める。

「ここはどこなんですか?」

周りの空気を察して小声で真島さんに囁くとすぐに答えは返ってきた。

「東城会の本部や。」

「えぇ!!」

思わず素っ頓狂な声が出てしまう。驚く私の顔を見て笑う真島さん。普段あまり動揺することがない私を見て面白いのだろう。

「一般人の私が来ていい場所じゃないの思うんですけど…。」

「ワシとおるから大丈夫やろ。」

目の前の立派な建物を過ぎていくと更に和風の建築の建物がずらりと並ぶのが視界に入る。一体どこまで歩くのだろうか。玉砂利の地面をざくざくと鳴らしながらひたすら進んでいく。

「ほれ、着いたで!」

「あっ…。」

立派な桜の木が一本。目の前で風に揺れて花びらが舞うのがはっきりと見える。あまりの美しさに言葉を失うとはこういうことなんだろう。ただ目の前の景色に釘付けになってしまう。

「毎年この時期になったら咲くんや。」

「すごく綺麗です。」

「そうやろ。椿に桜が見たい言われた時に真っ先にここの桜見せたろって思てたんや。」

「真島さん…。」

思わず握っていた手に力が入る。真島さんはその様子を見て笑っている。もう少しこの場所で見ていたかったけれど、真島さんは行くでと歩みを進めている。

「ここやここ!」

目の前には座布団が2つ。そしてお茶とお茶菓子の用意がされている。靴を脱いで縁側に上がる。ここまでくるのに少し歩いたせいもあって座れるのはありがたい。真島さんはどかりと座り込んで胡座に。私はその横に並ぶように正座で腰かける。

「真島さん、ありがとうございます。」

「礼なんてええ。それより…。」

私が首を傾げると真島さんは私の膝を指している。膝に目を向けていると真島さんはお邪魔するでと言って頭を置いている。

「ちょっと休んでから帰るで。」

「いいですよ。今日は暖かくてお昼寝にもいいですしね。」

「せや。」

真島さんはそっと目を閉じている。心地よい風とぽかぽかとした日差しが差し込んでいる。

幸せ
そんな風に思いながら私は真島さんの目に掛かっている髪の毛をそっと横に払う。
来年も一緒にここで見れるといいな
起きたらすぐに真島さんに伝えよう。そう思いながら桜の木と眠りについた恋人を見ながら春を満喫していた。



桜時間



|

top

×
- ナノ -