さっきまでは賑やかだった空気から急に静かに一人になるといつも思うことがある。お祭りやパーティーの後の雰囲気もちょうどこんな感じに似ていると。大勢でわいわい話をしている時は考えている時間よりも話していることが多い。逆に一人だと色々物思いに耽ってしまうことが大半。
ちょっと休憩。
川が見えるベンチに腰掛けバッグからお茶のペットボトルを取り出して一息。川はお世辞でも綺麗とはいえる状態ではないが、近くに咲いている桜のおかげでいつもよりはましなように感じる。時々吹く風で桜の花びらが散っていく様を見ながら春だなぁとしみじみと思う。
「一人でお花見とはいけないねぇ。」
「あっ…。」
さっきまで一緒に飲んでいたメンバーの趙さんが私の横に腰かける。まだ飲み足りないと言っていたので今日はそのままサバイバーに居残るものだと思っていた。私が驚いて趙さんを見ると何か変かなと言っているような顔で首を傾げている。
「もう十分飲んだんですか?」
「いや、まだいけたねぇ。でも、忘れ物見つけちゃったからさ。」
そう言って私の手に渡されたパスケース。家の鍵も一緒についているのでこのまま家に帰っていたらまたお店に戻る羽目になっていただろう。
「わざわざありがとうございます。」
「いーえ。帰るついでだったからいいよ。」
変わらず優しい人だなぁ。そんな事を思いながらまたお茶を一口。ふわりとまた風が吹いて桜が目の前で舞う。何度見ても綺麗な桜吹雪は飽きない。やはり儚さと綺麗さを持ち合わせているせいもあるのだろう。
「綺麗だねぇ。」
「ほんとにそうですね。」
趙さんも目の前で散っていく桜を前にして感慨深そうに見ている。その様を見て変わらずかっこいい横顔だなといつも思うことを改めて思う。よくよく考えてみるとこんな風にゆっくりと話すのは初めてだったんじゃないかということに気づく。そしてさっきまで感じていなかった緊張を感じ始める。
「椿ちゃん、ヤケに静かじゃない?」
「えっ!私のことですか?」
「だってさぁ、店ではいっつも楽しそうに会話の中心になってるじゃん。」
「それはみんなと一緒だからですよ。」
「じゃあ、俺といるから静かってこと?」
「あっ、いや、そういう訳じゃ…。」
実を言うと緊張しているんでとは今更言えず。歯切れの悪い答えになってしまう。この緊張はドキドキからくるもの。そう、私は秘かに趙さんに恋心を抱いているからだ。勿論、誰にもそれを言ったことはなく、自分の胸の内にひっそりと忍ばせていた。
「ふぅん。なんか訳有りってこと?」
「いや、特にそういう訳じゃないんですけど…。」
趙さんはなんか寂しいなぁと目尻を下げて私を見ている。こうなるつもりで言ったわけではないのにと思いながらも、趙さんに勘違いされたままでいいのか悩む。結局、観念して緊張しているんですとだけ告げる。
「緊張?」
「よくよく考えたら趙さんと2人っきりで話したことなかったなぁって。」
「あぁ。確かに。」
私の動揺を知ってか知らずか趙さんは座り直して私との距離を詰めた。途端に私の中での緊張度合いが危険レベルに。座り直した時に趙さんの付けている香水とアルコールの香りが鼻を掠める。
いかいかん。
自分の中にある冷静な心がこの空気を落ち着けようと躍起になっている。そんな動揺する様を見て趙さんはふふっと悪い笑みを浮かべている。
「じゃあ、期待してもいいってこと?」
「期待?」
「何となく今まで椿ちゃんと距離を感じてたけど…。」
趙さんが言葉を切ったことで川を見ていた顔を横に向ける。驚くのは刹那。近いと思っていた趙さんの顔は私の耳元に寄せられる。
「椿に好かれてるって思って勘違いしちゃうよ、俺。」
あっ…と蚊の鳴くような声が漏れた。膝に置いていた手は趙さんの手に重なって耳元には趙さんの吐息が掛かる。見なくてもわかるが、頬はかなり紅くなっているだろう。今が夜で本当に良かった。動揺を悟られないように落ち着かせようと思っていると更に趙さんは言葉を続ける。
「嫌なら嫌って言わないと駄目だよ。」
「…勘違いしてもらってもいいです。」
私の言葉を聞くと趙さんは何も答えず行動で答えを示した。私のこめかみ辺りにそっと口づけをひとつ。思わず肩が揺れると趙さんの笑う声が。悔しいと思って趙さんの方に顔を向ける。すでに笑っている顔はやめていて真剣な眼差しでこちらを見ている。
「じゃあ、いいよね?」
私がこくんと頷くと趙さんは顔を近づけた。私はそっと目を閉じる。すぐに唇は重なる。触れるだけのもので一瞬だったが、永遠のような長さにも感じた。唇が離れると名残惜しい気持ちと恥ずかしさで黙ったまままた川の方に顔を向けてしまう。趙さんはそんな私の様子を見て可愛いと言いながら私の手をぎゅっと握って離さない。
「そろそろ冷えてきたし、送っていくよ。」
「すみません…。」
趙さんは静かに立ち上がる。私も同じように立ち上がる。その間も趙さんは私の手を握ったまま。
「また来年もここで桜みたいですね。」
「そうだね。」
夜道を歩きながら思ったことをそのまま伝えてみた。趙さんも同じように思ってくれたようだ。恥ずかしいけれど、私は繋いだ手を恋人繋ぎにそっと変えた。趙さんは何も言わずその繋がれた手の力をちょっとだけ強くした。
来年見るここからの桜の景色はどんな風に見えるのだろうか。
きっと今よりももっと綺麗でドキドキするものになりそう。
そんな期待を込めながら今年の桜の時期はそろそろ終わりを告げようとしている。
春の夜
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