今日は何を食べよう?
毎日考えることだが、今日は考えることはなかった。
4年に1度の今日はこれしかない!!
そう、肉を食べようと今日は朝から決めていた。誰かを誘っても良かったけれど、当日誘うのもどうなのかなぁと考えて結局おひとり様で楽しむことに。異人町をぶらりとしながらどこで肉を食べようかと考える。
焼肉、しゃぶしゃぶ、すき焼き、ステーキ、牛丼
肉メインといえばこんなものかな。欲を言えば全部食べたい所だけど、やはりここは焼肉が無難か?そう考えて異人町のめぼしい焼肉やさんに行ってみることに。
「ごめんなさい。今日は予約がいっぱいで…。」
「そうですか…。」
ここも駄目かぁ。侮っていた、肉の日を。目ぼしい店は全滅。そして、こうなってしまうと口がもう焼肉しか受け付けないようになっている。どうしたものかと考える。もう少し行けばコリアン街だからそこまで行ってなかったら諦めよう。行ったことはないお店だけれど、美味しいと聞いたことのあるオモニの誓いへ行ってみることに。
ここかぁ。
年季の入った外観。これはまずい訳ないでしょとなぜかそんな予感がする。さすがに初めての店に1人で入るのには少々勇気がいるが、今日は肉の日だからと自分に言い聞かせて店の中に入ろうと思っていた時だった。
「もしもし?」
「椿ちゃん、今大丈夫?」
「大丈夫ですよ。何か用事でしたか?」
「暇だったら店に来ないかなぁと思ってさ。」
「あー。」
悪いタイミングで趙さんからのお誘いが。時々こんな風に連絡をくれる時がある。そういう時は店の食材が余っていてありあわせで料理を作って食べさせてくれることがあるのだ。おそらく今日もその誘いだろう。
嬉しい誘いだけど、今日は…。
心を鬼にして今日はちょっと用があってと苦しい気持ちで趙さんに行けない旨を伝える。趙さんはちょっと驚きながらそうなんだとさっきまでと違って少しトーンが落ちた声が耳に残る。
「今日は肉の日なんで、お口が肉なんです。」
「あぁ!そういうこと。」
ここは素直に言った方がいいのかなと思って正直に話すと趙さんの声のトーンは戻っていた。
「じゃあ、今から肉を食べに行こうとしてたってこと?」
「そうです。オモニの誓いに行こうと思って今いるんですよ。」
「あそこは美味しいよ。」
「そうなんですか!ちょっと初めてなんで緊張するんですけど、行ってみようと思います。」
「じゃあ、一緒に食べる?」
「えっ…。でも、趙さんお店の方はいいんですか?」
「今日は暇だったんだよね。だから、椿ちゃんも食べにきたらいいのにって思ってた所だったんだよ。だからすぐに店閉めて行くよ。」
「わかりました。」
先に店に入っててと言われて私は店内に。混んでいたけれど、ちょうどテーブル席がひとつ空いていたので趙さんが来るまでメニューを見て待っておくことに。
まずはサムギョプサルはマスト。ご飯も食べたいし、サンチュにも包みたい。韓国のりも美味しそうだし、参鶏湯も気になる。メニューを見ながら楽しい妄想をしていると、後ろのドアが開く音が。
「お待たせ。」
「すみません。なんか急に誘ってしまって。」
「いいよ。だって、今日は4年に1度の肉の日でしょ?」
「そうです!だから肉を食べずに寝ることはできないです。」
そう意気込んで話すと趙さんは相変わらず食べるのが好きだねぇと笑っている。そう、食べることが何より好き。
「じゃあ、じゃんじゃん焼いて食べていきましょう!」
「いいねぇ!」
私はマッコリ、趙さんはビールで乾杯。すぐに肉が運ばれてドーンと鉄板に置かれて焼かれていく。にんにくも同じように焼いてくれてこれはサンチュに巻いたら美味しそう。鉄板に釘付けになっていると、趙さんはほんと椿ちゃんは楽しそうだねと言っている。
「はい。じゃあ、焼けたからこれ先にどうぞ。」
「ありがとうございます。」
綺麗にカットされた肉がお皿の上に。悩んだけれど、一口目はシンプルにごま油と塩。そしてサンチュ。くるっと巻いて口の中にポンと入れると旨味が口の中に広がる。うーんと唸りながら食べていると趙さんはまた笑っている。
「ほんと美味しそうに何でも食べるよね。」
「そりゃ、美味しい物を目の前にしたら誰でもそうなりますよ。」
趙さんも同じようにサンチュでお肉を食べていると美味しいねぇと言っている。ほら、同じだ。私も同じように趙さんも美味しそうな顔してますよと言うと笑っている。趙さんはビールを一口飲んでふぅと一息。そして私の顔を見てまた笑っている。
「そんなに可笑しいですか?」
「可笑しいじゃなくて嬉しいの。」
「やっぱり、肉っていいですよね。」
「違うよ。好きな女の子とご飯が食べられてることが嬉しいってこと。」
「趙さん、そういう言動は勘違いする人がでてくるので止めた方がいいですよ。」
この人の悪い所だ。初めてその言動を言われた時は思わずどきっとしてしまった。けれど、今は慣れてしまってまたまたという気持ちに。そう、きっとこれは誰にでも言っていることだと思っている。
「椿ちゃんは毎回そういう言うけど、本気だったらどうするの?」
「ハハハ…。」
まさかそんな訳あるまい。誤魔化すようにお肉を取ってサンチュに巻いて口の中に。その間、趙さんは探るような視線で私をじっと見ている。かっこよい人だ。それは十分わかっている。けれど、私はそれ以上踏み込むようなことはしないと決めていた。
私に恋はできない。
それは自分がよくわかっていることだ。過去に何度か恋愛はしてきた。けれど、どれも同じだった。
女の癖によく食べるよなぁ。
毎回よく言われていたことだった。最初はそれを可愛いと言ってくれていた人も私が食べるのが好きでたくさん食べていると最終的には嫌な顔をされるようになった。だから、私は止めたのだ。自分の好きなものを取る方を選んで恋をすることを。
「椿ちゃん、手、止まってるよ。」
「あっ、すみません。」
楽しい気持ちだったのに嫌な気分になってきた。肉を取って口に運ぶ。そう、幸せ。それで私はいい。趙さんは黙ったまま私を見ている。
「なんか気に障ることでも言った?」
「趙さんは別にいつも通り平常運転です!」
「じゃあ、なんでちょっと辛そうな顔してるの?」
「えっ!そんな事ないですよ。」
マッコリを飲んで笑顔を作ると趙さんは苦い顔をしている。こんな風になる訳じゃなかったのになぁ。気まずい気持ちになっていると趙さんは溜息をひとつ。
「前から思ってたけど、なんか過去にあったの?」
「えっ…。」
「椿ちゃんとは結構仲良くさせてもらってるからそろそろ聞いてもいいかなって思ったから。」
「あんまり楽しい話じゃないですけど…。」
「別にいいよ。話せば楽になることってあるじゃん。話してみなよ。」
恐らく誰かに話したことはなかっただろう。初めて私はその話をした。話の間、趙さんはずっと黙って最後まで聞いてくれていた。
「面白い話じゃなくてすみません。」
「いいよ。聞きたいって言ったのは俺の方だから。」
趙さんはお肉を取ってサンチュに巻く。食べるのかと思いきや包まれた肉を私の前に差し出している。私は少し悩んでからそのサンチュを手に。そして口に。やっぱり美味しい。
「椿ちゃんにはさぁ、毎回流されてたけど、ちゃんと本気なんだよ。」
「本気というと?」
「椿の美味しそうに食べてる顔を見るのが好きってこと。」
私の目の前に趙さんの顔がぐいっと近づいてそう告げられた。いつもの飄々とした感じではなく本気のトーンで。さすがにこれは冗談ですよねと流せなかった。胸がドキドキしてくるのを感じる。
「本気なのわかった?」
私はこくりと頷くことしかできなかった。気を紛らわす為に何か食べようと思ったが、すでに皿は空。そろそろお会計の頃合いかもしれない。
「もう十分食べた?」
「はい。そろそろ出ましょうか?」
本音を言うとまだ八分目くらい。この後趙さんと別れたらどこかで一人二軒目に行こうかとひっそり考える。そして一人になって少しだけ考える時間が欲しかった。
「じゃあ、今日はありがとうございました。」
「椿、これから一人で2軒目行こうとしてるでしょ?」
!!
すぐに顔に出てしまう私。趙さんは笑いながらやっぱりと言っている。この人の前では誤魔化すということは通用しないのだろう。
「行くなら今日はトコトン付き合うよ。」
「でも…。」
「まだ返事聞いてないからねぇ。」
「えっと、あの…。」
「さぁ!2軒目行っちゃうよ!」
趙さんは私の手を取って気になるお店があるんだよねと歩みを進める。趙さんのリングの冷たさに驚きながらも身体は暖かい。この冷静さと熱の間で私は答えを出さなければならない。
もう誤魔化すことはしない。
2軒目に着く頃に私はそう答えを出した。趙さんはもっと早く言ってよと言いながら私を抱きしめた。
4年に1度の日。
私は好きなものに包まれて最高に幸せな1日になった。
ドキドキと肉々
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