こういうのが躍らされているというものなんだろう。でも、まぁいいか。一周回って開き直って楽しめば良い。そう結論付けて街中を歩く。目指す目的はひとつ。

今日は肉を食べる!

そう2月29日。肉の日だから。神室町に来れば何とかなるかと思って来てみてはいいけれど、まだどこの店にするかは決めていない。そもそも一人で焼肉なんてどうなんだろうと思っていると、ふと浮かぶ考え。すぐに連絡を取ってみることに。

「真島さん、今、暇ですか?」

「なんや?ワシに用でもあるんか?」

大抵この街にいるだろうという人で浮かんだのが真島さんだった。他にも知り合いがいたけれど、真島さんを誘ったのは少し理由がある。

「今日、何の日か知ってます?」

「今日?なんもない普通の日やろ。」

「肉の日ですよ!だから、真島さん肉食べに行きましょ!」

「肉かぁ。ほんなら韓来でええか?」

「やった!」

行く先が決まり、韓来へと続く道へ歩いていく。あそこは高い店だから一人では行きにくかったんだよね。真島さんがいたら奢ってもらえるかもと下心を持ちつつ店の前に。

「真島さん!!」

見慣れた姿を見つけて手を振ると真島さんは椿は相変わらず元気やのぅと呆れ顔で私を見ている。これもいつものことだから気にしない。私は私。無理をしたところで無駄なことも知っている。

「何にしようかなぁ。」

「好きなもん食うたらええ。どうせ奢ってもらうつもりで来たんやろ?」

「さすが真島さん!わかってる!」

メニューを見ながらにこりと笑うと真島さんはほんま現金な女やのぅと言っている。そう、それでいい、私は。メニューに目を向けながらそっと素顔で思う事。
数週間前のことだった。その日も真島さんに会えたらいいな。軽い気持ちで神室町に来た私はそこで見てしまったのだ。真島さんが綺麗な女の人と腕を組んで歩いていたことを。

素直にお似合いだと思った。

それと共に胸はじくじくと痛んだ。その時気づいたのだ。私は真島さんのことが好きだということに。そしてすぐに思った。自分には到底その女性のようになれないと。その時私は自分の気持ちに蓋をした。それでも、私は真島さんの傍にいたくて変わらず能天気で明るい女の子で有り続けることにした。それなら傷つくこともないと思ったから。

「ようけ頼んで食べれるんか?」

「大丈夫ですよ。真島さんも食べるんだし。私、お腹ペコペコで来たんで!」

「ほぅ…。」

真島さんはビールを一口飲んで煙草に火を。私はお肉を網に載せていく。すぐに肉の焼ける良い香りがして思わず目を細める。

「椿はワシに気ぃ遣わんと好きに食べたらええ。」

「でも、網に載せてたら焦げちゃいますよ。」

焼けた肉を真島さんのお皿に置くと真島さんは食え食えと言っている。お言葉に甘えてと言ってから肉を食べていく。うん、やっぱり美味しい。美味しい肉とご飯を一緒に頬張りながら幸せに浸っていると真島さんはほんま幸せな女やのぅと言っている。

好きな人と好きなものを食べられるって幸せ。

口には出さないけれど、肉を食べながら私はそんな事を思っていた。

「もうええんか?」

「はい。十分堪能しました。」

ほな行こかと真島さんはさっと立ち上がって伝票を持っている。私はすぐにその後を追い、財布を急いで取り出す。さすがに全部出してもらおうと最初から思っていた訳ではない。真島さんの横についてすぐにいくらでしたか?と聞くが、真島さんはええと言ってきかない。

「でも…。」

「こんなん大したことやない。ワシも椿が楽しそうに肉食っとる姿見とってええ気分になれたからそれでええ。」

「真島さん…。」

こういう所が狡いんだよ。普段は私のことを茶化すのに、肝心な所では男である部分を見せてくる。だから、コロッと好きになってしまう。諦めようと何度も思っても会ってしまうとまた好きが増えてしまう。

「なんや難しい顔しよって。」

「別に何でもないです。」

「そうか?ほな、肉食ったら次は何するんや?」

「えっ…。もう食べれないですけど。」

「アホ!腹一杯になったからってできることは色々あるやろ。折角出て来たんやからカラオケでもボーリングでも遊べる所はあるやろ?」

「あぁ…。」

食べて解散だと思いきや真島さんはまだ一緒にいてくれるようだ。嬉しい気持ちが少し顔に出てしまったかもしれない。にやけた顔で次の行く先を思案する。真島さんは早よ決めんと勝手に決めるでと私を急かす。じゃあ、ボーリングにしましょうと言うと真島さんは私の手を引いて走り出す。

「真島さん、急がなくてもまだやってますよ。」

「わかっとるわ。でも、こういうの楽しいやろ?」

笑顔で私を見る真島さん。それは少年のような感じで大人なのに不覚にも可愛いと思ってしまう。やっぱり、私はこの人が好きだ。そんな事を思っていると真島さんは急に立ち止まった。どうやら誰かに声を掛けられたようだ。

「ちょっと、待っとれ。」

真島さんは声の方向に歩みを進める。私はその姿を黙ってみていた。そして気づく。
この前の人だ。
さっきまでの楽しい気持ちは一気に弾けてまた痛みがぶり返す。真島さんに待っとけと言われていたのに気づいたらその場を駆け出していた。

何やってるんだろう、私。

気づけばだいぶ遠くまできたような気がする。もう少し歩けばタクシーが拾える通りだったハズ。このまま帰ってしまおう。今ならまだ楽しい気持ちのまま今日を終えられる。そう思いながら歩いていると腕に重みを感じた。

「待っとれって言わんかったか?」

「真島さん…。」

息を切らせた真島さんの顔は怒っている。それもそうだ。私が勝手にいなくなったから。駆け出している間にも電話は振動していた。きっと、真島さんが何度も連絡を取ろうとしていたのだろう。

「お、お邪魔かなっと思って。」

「邪魔?」

「真島さん、知り合いの方と楽しそうに話をしてたんで、私はいいのかなと。」

すると、真島さんは大きな溜息を吐いて私の頭を軽く小突く。私は突然のことにムッとしながら真島さんを睨むとヒヒヒと笑っている。

「なんや勘違いしとるようやけど、椿が思てるような関係やないで。」

「でも…。」

親しい感じに見えたのは明らかだ。誰がどうみてもそういう関係にしか見えない。信じられないという顔で真島さんを黙ってみていると、真島さんはしゃあないのぅと説明をしてくれた。

「じゃあ、ただ真島組が持っているケツモチのお店の人ってことですか?」

「せや。まぁ、相手はどう思てるかは知らんが、ああいう店の子やからボディタッチなんかも激しいやろ。」

「そうですか…。」

誤解は解けた…ハズだけど、釈然としなかった。別に解けた所で私と真島さんの関係は変わらない。寧ろ私が醜態を晒したせいで、今まで隠していた気持ちがバレてしまったのではないか。今はその不安でいっぱいになっている。

「まだ分からんのか?」

「えっ…。」

「毎回椿が突然連絡してきてもちゃんと来とるやろ。」

「あっ…。」

言われて初めて気づくこと。そうだ。いつも真島さんは連絡したら会いに来てくれる。たまたま時間がいつも空いているのだとばかり思っていた。でも…。

「ワシにここまで言わせたんやからもうええやろ?」

「真島さん…好きでした。」

「あ?なんで過去系やねん!」

「いや、ちょっと緊張して…。」

真島さんは呆れたように笑いながらまぁ、そういう変わった所がええんやろなと言っている。

「ほな、ボーリング行くで!」

「はい。」

差し出された手を恐る恐る取る。真島さんはその手をぎゅっと握って恋人繋ぎに。私はその新鮮な手元を見て思わずにやけてしまう。

まだ真島さんにはちゃんと好きとは言われていない。でも、以前とは違う。今度会う時はちょっとだけ背伸びした格好をして真島さんに好きと言ってもらう。次の明確な目標ができただけで今日は良しとしよう。

まだ恋は始まったばかりなのだから。




肉の日なので



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