世の中には本当にこんなことあるの!?っていうくらい驚くことがある。その頻度は人によって違う。長い人生を穏やかに全うする人もいれば、波乱万丈に送る人も然り。私の人生といえば、今のところ穏やかで自分のやりたいようにやれていると思っていた。しかし、それで納得できない人も中にいる。私の父が正しくそうで、顔を合わせれば良い人がいないのかと適齢期になった私に言ってくるようになった。まったく、迷惑な話である。

ひとりの方が楽じゃない?

父にそう何度が言ったことがあるが、暖簾に腕押し。父は昔の考えが根強い人で女性の幸せは結婚し、家族を持つことだと思っている。実家のある地方も若くして結婚する人が多いのも原因なのだろう。都会にくると私のようにおひとり様最高!と思う人も結構多い。
…と毎回会うたびに言われてくるのが最近はストレスになってきたので、私はひとつ考えを持って父に会うことにした。父にその話をし、納得していない様子だったが、渋々わかったとだけ言ってその日は別れた。

さすがにしばらく父も連絡してこないだろう。

私にしてはなかなか良い考えが浮かんだと思う。これでまたしばらくはおひとり様ライフを満喫できると父からの連絡が来ないことをこれ幸いと思い、毎日穏やかに過ごしていた。そんな事を話したことなどすっかり忘れて…。
父からの連絡があったのは半年ぶりだった。そういえば、しばらく会っていなかったと思いながら待ち合わせ場所へと向かいながら思う。そして案内されたレストランに入ってから思うこと。席がひとつ空いているのが気にかかった。

「ねぇ、誰か来るの?」

「椿、ちゃんと父さんと約束したもんな。」

「ん?」

そういって父は私の目の前に紙を取り出す。婚姻届と書かれたよくドラマなどでみる紙。そしてその紙を見て驚いて固まる私。

「左に名前書いてあるけど…。」

「椿がこの人やったら結婚してもいいっていう人が見つかったら書いてもらった。」

「えっ…。嘘でしょ。」

「いやぁ、苦労して見つけてきたんだ。やっとこれで椿の心配をしなくて済むよ。」

「いやいや…。」

私は頭を抱えた。だって、私が父に告げた結婚相手の条件に合う人ってかなりの量があった筈。それを網羅できる人なんてこの世にいる訳ないと高を括っていた。いや、いたとしても相当ヤバイ奴だと思う。

自分の脳内に置き忘れていた記憶を呼び戻そう。

「じゃあ、お父さんが相手を探してきてよ。」

「見つけきたら結婚するか?」

「うん。じゃあ、今から条件言ってくから。」

私は絶対この世の中にいないであろう人物を作り上げた。

髪はテクノカットで黒。眼帯をつけていて身長は高め。髭はあるといいな。素肌にジャケットを羽織っていて目立つ格好をしている。入れ墨も入っていて和彫りが背中に大きく入っている。話し方は関西弁。喫煙者でお酒も好き。
…とそんな感じで実際にいたらヤバそうな架空の人間を作り上げた訳である。父はその私の条件を聞いて苦い顔をしていた記憶が蘇った。

「じゃあ、見つけてきたら必ず結婚するんだぞ。」

「うん。わかった。」

私は心の中でガッツポーズをしていた。だって、見つかる訳ないでしょと軽い気持ちで考えていたからだ。これから起こることを。

記憶から現実に呼び戻されて私の顔は青ざめた。そう、あの時の父と私の立場が全く逆になってしまったということだ。今日の父はとてもにこやかで穏やかな顔をしている。それもそうだ。長年の父の願いがようやく叶う所まできているのだから。

頭を抱えて何とか知恵を振り絞ってこの状況を何とかしないといけない。そう思っていた所で目の前のドアが開く。私の視界には足元しか見えない。先の尖った靴が妙に気にかかった。ゆっくりと頭を上げるように視界を上にしていく。黒のレザーパンツ、そして素肌が見える。あぁ、そうだ。私が素肌にジャケットを羽織っている人がいいと言ったのを思い出す。鍛え上げられた身体を眺めると口元に髭があるのを確認する。そして最後に顔が現れる。

「ワシが真島吾朗や。」

「あっ…はい…。どうも…。」

本当に存在したんだともはや感動に近い感情になっていた。こんなにもいないであろうという条件を言ったのに、存在するとは…。戸惑う私と違い、現れた男は空いている椅子にどっかりと座り、父と親しげに話している。私はどうしていいかわからず、目の前のグラスの水を飲んで気分を落ち着ける。うん、全然味がしない。

「椿、ほら、早く書きなさい。」

「今?」

目の前に差し出された婚姻届。私が書けばこれにて無事に結婚の運びとなる。だがしかし、私は何一つ納得していない。いや、本当にこれでいいのか。父も娘を結婚させるということに捉われておかしくなってしまったんじゃないかと不安になってくる。

「今じゃなくてもよくない?」

「父さんはこの日をどんだけ首を長くして待ってきたことか。本当に真島くんに出会えてよかったよ。」

「エライ褒めてもろてなんや悪い気せぇへんなぁ。」

イヒヒと笑う真島と呼ばれた男。そうだ、この男を何とかこっち側にもってくれば何とかなるかもしれない。だって、普通に考えておかしいでしょ。今日会った人と結婚するなんてこと。

「あの、真島さんは父に何か弱みでも握られてるんですか?」

「はぁ?」

「いやぁ、普通に考えて今日会った人と結婚するなんてありえないですよね?」

すると男は口角を上げてニヤリとした。

「ワシはなぁ、おもろいことが好きなんや。椿チャンもおもろいことは好きか?」

「面白いこと…。」

「高城はんにお願いされて最初はなんちゅうこと言うんやって思たんやけどなぁ、これもなんかの縁やと思て了承したんや。」

「………。」

い、イカれてるとしか思えない回答が返ってきて私は何も言えなかった。こっち側に持ってくる作戦は見事に撃沈。では、残る策はひとつ。

「お母さんはなんて言ってた?」

「母さんは喜んでたぞ。早く真島くんに会いたいって早々に帰ってくる準備するって言ってた。」

「…そう。」

頼みの綱のお母さんも無理だったか。いや、無理なのはわかっていたけれど…。私の母はプロのカメラマンで昔から世界を飛び回っている人だ。普通とは違う世界を見てきた人に私の普通の言葉など通用しないのだろう。

「ほら、椿、書きなさい。」

まさにジエンドの状態。私は渡されたペンを持ったまま固まる。これを書いたら私はこの男と結婚してしまうのか。渋る私に2人分の威圧を感じる。早く書けと言わんばかりの圧が。

「よし、これで無事に晴れて2人は夫婦だな。」

「これから宜しくやで!椿チャン。」

晴れやかな顔の2人とは対照的に暗い顔の私。圧に耐えかねて書き終わった婚姻届はすかさず父の許に。これから役所に出しにいってくると意気揚々としている。

「じゃあ、父さんはこれで。」

「えっ、ちょっと!!」

「あとは若い2人で仲良くな。」

気づくと私の目の前には夫になった真島さんが目の前に。私が視線を上げると笑ってこちらを見ている。

間が持たない…。

それからお祝いと称した料理が次々と運ばれてきたが、まったく味がしなかった。とりあえず、今日は早く帰って寝よう。これは悪い夢だと自分に言い聞かせて早くこの場を立ち去りたかった。うん、それがいい。明日になったら何もなかったことになっているだろう。

しかし…。

「どこ行くねん。家はこっちやで。」

「えっ!!」

「なんや、さっきの話聞いてなかったんか?今日からひとつ屋根の下やで。」

「はぁ?」

迎えの車がくるからここにおったらええと言われて私は動けずにいた。

そう、これはまだ序章に過ぎない。
これから始まる甘い結婚生活戦争の幕開けなのだから。



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