別に私が何かをした訳ではないのだが、妙に敵対されている人物が社内にいる。強いていえば、会社の中での私は中堅くらいのポジションでそれなりに自分のやりたいように仕事をしている。しかし、それがその相手には気に入らないのだろうか?
「あっ!高城じゃん。」
「どうも…。」
前から悠々と歩いてくる姿は見えていたが、あからさまに避ける態度はどうなのかと思い、そのまま通過しようと思ったらこれだ。同期のこの男がどうも私は苦手だ。
「なんか聞いたところによると、結婚したみたいじゃん。」
「まぁ…。」
「水臭いなぁ。同期なんだから言ってくれても良かったじゃん。」
「そうだね…。」
早く会話を終わらせるように塩対応をしているのに、この男はそんな事を気にも留めず矢継ぎ早に話をしている。そろそろ行かないといけないからというと男は笑う。
「そうそう、今から呼ばれてる件、俺と同じ案件のことだから。」
「………。」
嫌な予感と共に胃が痛むのを感じながらも黙ったまま上司の許へと足を走らせた。
◆◇◆
「だから、何で一緒にやらないといけないわけ!!」
仕事が終わり、自宅に戻っての開口一番。生憎ゴロちゃんはまだ帰宅していないようで一人でリビングのソファーに座りながらクッションをぽこぽこ殴りながら怒りを鎮める。社会に入るとはそういう事。わかっているけれど、嫌な相手と仕事をするほど嫌なことはない。なるべく仕事をする上では穏便に波風立たずにやりたいものだ。それが私の仕事の流儀。
あ〜やってらんない!
考えるのを止めてお風呂に入って上がったらビールで一杯しようと考えて即行動。お風呂からあがると丁度帰宅してきたゴロちゃんがリビングに。
「今日は随分遅かったね。」
「今日は本部で会合やったんや。ほんまだるいで。」
そういって締めていたネクタイを外してスーツの上着をポンとソファーに投げている。そういえば、今日はいつものヘルメット姿ではなくスーツ姿の正装だなと朝出掛ける時に思っていたが、そういう事だったのかと理解が追い付いた。
「ビール飲みますか?それならついでに出しますけど。」
「おぉ!ええのぅ!」
缶ビールを2つ取り出してひとつはゴロちゃんに。すぐに缶を開けて美味しそうにぐびぐび飲んでいる。私は少し間を空けてソファーに腰かけちびちびとビールを飲む。うん、やっぱり風呂上りの一杯は美味しい。
「会合ってどんな話をするんですか?」
「まぁ、どこの組がシノギが多くて稼いどるやらあそこの組はもうちょっと頑張らなあかんとかそんなしょうもない話や。」
「なんか普通に会社みたいですね。」
思っていたよりもカタギに近い極道の世界だなぁとそんな事をふと。すると、ゴロちゃんは面白くなさそうな顔でそんなんばっかりや最近の極道はと言っている。
「嫌なら出なきゃいいじゃないですか。」
「アホ!この世界で上の言うことは絶対や。」
「なるほど…。」
そういう律儀な世界でもあるのか。嫌と言いながらもしっかり会合に参加しているゴロちゃんは意外と真面目なのかもしれないと思う。そして零れる溜息。明日からの仕事のことを考えるとまた憂鬱な気持ちに。
「なんや、溜息ばっかりついて。」
「明日からの仕事が嫌だなぁと思ってるだけです。」
「ほぉ。なんかあったんか?」
話の流れで今日の一連の話をゴロちゃんに。話した所で何か解決するわけではないけれど、一人で悶々と考えるよりは誰かに吐き出すことで少しだけ気持ちは楽になったような気がする。
「ゴロちゃんはなんでその同期は私のことが嫌いなんだと思いますか?」
「話を聞く限りやと嫌いやと思ってるんは椿だけなんやないか?」
「えっ…。」
「嫌味な奴やとは思うけど、そないな感じに思ってるとは思わんけどなぁ。」
「そうですかね…。」
ここでこのまま話をした所で解決策は見つからなかったが、ゴロちゃんに話したことで少しだけ明日から頑張れそうな気持ちになったのは不思議だ。今までこんな風に仕事の愚痴は誰かに聞いてもらうことなく自分で消化していたから。ある意味、帰って誰かにこんな風に話を聞いてもらうのも悪くないのかもしれないと思った夜。
「じゃあ、そろそろ寝ますね。」
「今日はゴロちゃんの横空いてるで!」
「いえ、結構です。。」
変わらず楽しそうに私を茶化すゴロちゃん。このやり取りも慣れてきたので今や漫才の掛け合いのようなものになっている。寝室のドアを開けようとすると、ゴロちゃんは再び声を掛けてきた。
「ほんまに嫌やったら辞めてもええんやで。」
「ゴロちゃん…。」
そう言われると辞めたくなくなるのが天邪鬼なのだろうか。やってやるという意欲が湧いてくるのは負けず嫌いなのだろうか。
「椿はゴロちゃんに永久就職しとるしな。」
「はぁ…。」
これはゴロちゃんなりの励ましなのかどうかは分からないが、気持ちは楽になった。よし、やってやろうという気持ちに。しかし、この後自分の想定もしない展開が待ち受けているとはこの時の私は一ミリも考えていなかった。
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