さて、どうしていこう?

オーダー表を睨みながら会ったこともないその人物を想像する。その情報を元にこの女性はどんな感じなのだろうかと推測する。

「プレゼントする相手って恋人?」

「そういうの気になっちゃうんだ。」

「個人的な興味じゃなくて作るにあたって留意しておきたいから。」

「ふぅん。恋人じゃないよ。」

「そう。わかった。」

メモに恋人ではないと書き足す。もし、ここに恋人であるという記載があれば、香りにちょっとだけフェロモン的なものを入れたりする。まぁ、おまじない程度のものだけれど、相手に良い香りだと印象付けるのは良い事だ。そういう意味を込めて聞いた訳だ。

「仕事は普通の仕事をしている人?」

「まぁ、詳しくは言えないけど、普通じゃないかなぁ。」

「そう…。」

まぁ、そうだろうなぁと思いながらメモに書いていく。趙の知り合いということだからきっとその筋のヤバイ感じの人なのだろう。…だとするとあまり香りが強いものはつけてはいけないのかなぁとふと。

…とそんな趙とのやり取りを思い出しながら合いそうな香りを選んでいく。聞いた限りの情報だとパルファムが合いそうな女性だと思うけれど、職業柄それは良くないだろう。だとすると、トワレかコロンかになるか。

うーん。しっくりこないなぁ。
何個かサンプルを作っては嗅いでみるが、これといった物に出会えない。メモの印象からいくとフローラルが妥当なんだろうけれど、なんだかそれだと芸がない感じがするような。試行錯誤はそれからも続き、ようやくこれかなという香りに出会う。

うん、香りはこれでいこうかな。
イランイラン、ジャスミンをベースにすずらんの香りを作っていく。そして出来上がったサンプル。嗅いでみると悪くない。あとはこれをトワレかコロンにするかだが…。

どっちも微妙なんだよなぁ。
試作品2つを嗅いでみるがベタだなぁという印象。折角オーダーしてくれたのでここにひとつ面白さを出したいのがプロなんだろう。そこからもひたすら試して出来上がったものがこれだ。

よし、これでいこう。
結局、悩んだ末に出来上がったのはすずらんの香りがするヘアコロン。趙から聞いた情報だと髪は長いと聞いていたのでこれだと仕事の邪魔にもならず、良い香りを楽しむことができるだろう。完成品を丁寧にラッピングして完成。いつもよりも時間がタイトだったけれど、満足いくひとつが出来上がった。

「何?恋しくなっちゃった?」

「あのね、出来上がったら連絡するって言ったからしただけなんだけど。」

「約束よりも早くない?」

「早いに越したことはないでしょ。いつ取りにくるの?」

「うーん。じゃあ、明日かな。」

「そう。じゃあ、あとは葵ちゃんに任せておくから。」

「椿が対応してくれないの?」

「私は寝てるからあとはご自由に。」

そんな事を話していると欠伸が漏れてしまった。この2日間作業に集中していたせいであまり眠れていない。今日はようやく長時間型の薬を飲んでゆっくり眠ろうと考えていた。

「じゃあ、ゆっくり休んでね。」

「はいはい。じゃあ、切るから。」

そう話して電話を切る。一息ついて伸びをして手元にある薬と水を口に運ぶ。シャワーを浴びたかったが、もう身体は眠ることを欲していた。作業着を脱いでそのままベッドにダイブ。あとのことはすでに葵ちゃんに連絡済み。私はようやく身体を休めることに徹することができた。

◆◇◆

どのくらい眠っていただろうか。わからないけれど、耳に聞こえた黄色い悲鳴に似たような声で目が覚めた。おそらく葵ちゃんの声。何か階下であったのだろうか。眠い目を擦りながら下に降りる。そこには目をハートにした葵ちゃんの姿が。

あぁ、この人を見てそう思ったのか。

目の前に立っているスマートな男の人。全身黒づくめで怪しい空気がプンプンするけれど、顔立ちは整っていてシルバーの髪色。今風のかっこいい男の人だ。

「おや、あなたがもしや調香師の高城さんですか?」

「あぁ、はい…。」

にこりと微笑む男性。葵ちゃんは私の横でイケメン過ぎませんかとテンションが高い。いや、かっこいいけど、この人もヤバイ系の人なのでは?とこの前のあいつとのやり取りを見てそう思う。

「趙さんの代わりに取りに来てもらったんですよ。」

「そうなんだ。」

「なかなか手に入らない代物と聞いていたのでこれでソンヒも喜んでもらえると思います。」

「ソンヒ?」

私が聞き返すと男の人は黙って笑うだけだった。推測するにおそらく趙が渡したかった相手の女性なのだろう。…それにしても男の人が代わりに取りに来るとは。趙は恋人ではないと相手のことを言っていたが、この人がその相手なのだろうか。自分の脳内でどろどろとした恋愛模様が広がっていくのを感じる。

「では、私はこれで。」

「ありがとうございました。」

2人してお辞儀をして店の中は静寂に包まれる。葵ちゃんは、名前だけでも聞いておけばよかったぁ、残念と言っている。私はようやく仕事が終わったという達成感でまた疲れが押し寄せてくるのを感じていた。

「これでようやく通常営業に戻れそうだね。」

「そうですね。しばらく依頼もないみたいなので、のんびりできそうですね。」

「だね。」

お茶でも淹れてきますねと葵ちゃんはバックヤードに入って準備をしている。私はカウンターに腰かけながら店内を眺める。この数日あった出来事はたまたまイレギュラーな出来事が重なっただけ。もう関わることはないだろう。ようやく訪れた平穏にほっとしながら葵ちゃんの淹れてくれた紅茶を飲んだ。



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