軽い足音を鳴らしながら歩く道。視界は不鮮明で所々見える建物はどれも高く見える。視界が低いせいだろうか。歩いた先はよくわからない。しかし、なぜか見たことがある光景でそこに私は確かに存在していた。

此処は何処?

わからないはずなのに、なぜか腰かけるのにちょうどよい木箱が置いてあってそこに私は座る。何かを待っているかのようにそこに佇んでいると声が聞こえる。

「こんなとこにいたんだ。」

「うん。」

可愛らしい子供の声が横からする。私が知っている子なのだろうか。同じようにもうひとつあった木箱に腰かけて何かを話している。音もここでは明瞭ではなく何かを呟いている声しか聞こえない。そして私の名を呼ぶ声。それだけは妙にクリアで耳に強く残る。

本当に此処は何処なんだろう?

再び考え込むことを始めようとするが、それは出来なかった。

ドンッ。

夢だったと気づいたのはベッドから床に叩きつけられた衝撃だった。しばらく痛みを感じながら思う事。薬を飲み始めて眠るようになってから見ることがなくなっていたもの。夢を見るということを久しぶりに体感してしばらく驚いていた。

一体、あれは何だったのだろうか?

問いかけた所で答えは自分の中にしかない。全く見たことのない光景が作り出したものかもしれないし、記憶の片隅に残るもので形成されたものなのかもしれない。考えたところで無駄。そう思ってもなぜか引っ掛かるものを感じていた。

◆◇◆

「椿さん、何かありました?」

「ん?」

結局、あの夢を見た後、再び眠ることはせず起きていた。身体は疲れているけれど、なぜか脳だけははっきりしていて起きていることを選択してしまっていた。当然、寝不足なのは誰が見てもわかる状態で店が始まっても身体は重い状態のままだった。

「お疲れでしたら、今日は休んでもらってても大丈夫ですよ。」

「うん。ありがとう。でも、なんか眠るのは惜しい気がして。」

「そうですか…。」

葵ちゃんは無理しないでくださいねと言いながら店内のディスプレイの掃除をしている。私はそれをぼんやりと眺める。何かしていれば考えることは少なくなる。考える時間がない方が私にとっては楽だ。

「葵ちゃん、ちょっと上で作業してきてもいい?」

「いいですよ。何か急ぎの用時でもありました?」

「いや、そういう訳じゃないけど、作ってみたいものができたから。」

「じゃあ、後でお茶持っていきますね。」

「うん。」

階段を上がり、準備をする為に机を片付ける。そして白い紙を取り出してペンを手に。この前会った紗栄子さんのことをぼんやり思い出しながらどんな香りが彼女に合っているのかを思案する。

ぱっと浮かぶものだとやっぱり薔薇の香りなんて合うのかもしれない。でも、それだと芸がない気がする。折角、一から作るのだからもっと面白みがあって変化に富んだものが作りたい。白い紙に色々と書きながら悩むこと1時間。葵ちゃんがそろそろお茶を淹れますねと下から声がするのが聞こえた。何か良いものがないかなと近くに置いてあった箱からチョコを一口。一気に口に中に広がる甘さに目を細めていると浮かぶ考え。

ちょっと、面白いものが作れそうかも。

もう1枚真っ新な紙を取り出して考えをまとめていく。うん、いいかもしれない。葵ちゃんが淹れてくれた紅茶を飲みながらまた新たなものを産みだす楽しみが始まる。

「わぁ!ほんとにチョコの香りがしますね!」

「でしょ!だからこの花はチョコレートコスモスっていうんだよ。」

「ほんと、香りって色々ありますね。」

そう言いながら、試作品を作ってみた感想を葵ちゃんに聞いてみる。反応を見ると上々。今回はトワレにして吹きかけタイプにしようかと考えている。ボトルはお店に置いてあるタイプから好きなものを選ぶ。どれか香りと合うのか。ボトル選びも楽しい瞬間である。
完成されたチョコレートコスモスのオードトワレを見る。紗栄子さんがどんな反応をするかわからないが、喜んでもらえるといいなぁとそんな事をふと。

「そういえば、これは誰にあげるものなんですか?」

「そういえば、葵ちゃんに言ってなかったよね。」

この前あった一件を掻い摘んで話をする。趙の件はどうするべきか悩んだが、隠すのもどうなのかと感じてそのまま話をした。話し終わると葵ちゃんは難しい顔をしたまま黙っている。やっぱり、私の取った行動に対して思う事があったのかもしれない。

「私は、どうすれば良かったのかな?」

「椿さん…。」

正直な所、今でもあの判断は正しかったのかわからない。どちらに対しても良い顔をした私。結局、私は自分に甘い人間だということに苛まされていた。

「椿さんが正しいと思ったことをすればいいんですよ。それで、間違ってたら素直にごめんなさいすればいいし、今回の件に関してはお店のことも考えて取った行動なんですよね?」

「うん…。まぁ、そうだね。」

「なら、それでいいんですよ。趙さんも組織の長です。立場があって、椿さんに聞いておきたかったんだと思います。でも…。」

「でも?」

「ここ最近、異人町の様子がちょっとおかしい気がするので、近々何かあるかもしれないですね。」

「葵ちゃんって前から思ってたけど、裏社会の情報とかにも明るいよね?」

「まぁ、それはいろんな飲み屋さんとかで聞く噂話程度ですけどね。」

悪戯っぽく笑った葵ちゃんを見て思わず釣られて笑ってしまった。少しだけ胸に抱えていたもやっとしたものが無くなったような気がした。やっぱり、持つべきものは友なのかもしれない。そんな事を思いながら、紗栄子さんにこの前話していたオーダー品を作ったことを連絡した。すぐに返信は来て、サバイバーで待ち合わせをすることに。丁度、葵ちゃんも行きたいと言っていたので一緒にサバイバーへと向かう。

空を見上げると綺麗な茜色。
鼻を掠める香りは香ばしくて甘い香り。うん、焼き芋の香り。秋の綺麗な夕暮れを見ながら、本当にこの街に異変が起きているのだろうかとそんな事をふと。

そう、私はまだ平和ボケをしていたのだろう。

その日、店から程遠くない場所で銃声がした。私はちょうどサバイバーに向かっていたからその音に気づくことはなかった。全てを知るのはサバイバーに着いてから。

異変は確実に起きていた。




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