忙しい日々が続いてようやく落ち着いた頃、ある知らせが届いた。驚きながらも今日は珍しくフォーマルな姿に身を包んで外に出てきている。

「ほんと、突然でしたね。」

「うん。なんで自殺なんかしたんだろう…。」

「まぁ、本人しか分からない悩みとかありますからね。」

「確かに…。」

線香の香りしかしない葬儀会場を後にしながらそんなことを。知り合いである野々宮さんが亡くなったのはつい先日のこと。突然の知らせに驚きながらもお世話になった縁から告別式に参列することに。周りの評判はなんであれ、私達にとってはこの地で商売をしていくのに力を貸してくれた恩人だ。

「今日はお店どうしますか?」

「今日は慣れないことだったし、このままお休みでいいよ。」

「わかりました。じゃあ、このまま帰ります。あと、椿さん例の件忘れてないですよね?」

「例の件?」

そう言われてハッとなる私を見て葵ちゃんはそんな事だと思ってましたよと大きな溜息をひとつ。麗華さんのお蔭で中国からの注文がたくさんくるようになったLapin。宣伝してもらったことのお礼の手紙とちょっとした贈り物をしようという話を2人でしていた。しかし、連絡先がわからないのでその話はそこで止まっていた。

「電話でもいいんで趙さんに聞いといてくださいよ。」

「電話か…。」

何となく電話を掛けたら嬉しそうな声で寂しくなったとか軽い口調で言われそうだなと思いながら電話を掛けるという選択肢は除外していた。ここ最近割と店に顔を出していたからその内顔を出すだろうと高を括っていた。しかし、予想に反してあれ以降趙の顔は見ていない。

「電話が嫌なら直接会って聞いてきてくださいよ!」

「いや、あそこに行くのはさすがに…。」

「椿さんはもうあそこでは顔パスみたいなもんだから大丈夫ですよ。じゃあ、私は帰るので、今日中に必ず聞いておいてくださいよ!」

「…はい。」

必ずという部分を強調したように言って葵ちゃんは帰っていった。そう、私の性格を良く熟知しているからだ。面倒なことは後回し。下手するとやらないことが多いのが私の性格だからだ。

行きたくない…。

電話の一本で事を済ませればいいのになぜかそれを避けてやってきたのは飯店小路。行きたくないと現実逃避した数時間のせいで今の時間は夜になっている。

やっぱり、早い時間にくればよかった。

もう私の悪い部分が出てきている。夜の飯店小路なんてヤバイ以外の何物でもない。街灯も少ない通りにはいかにもヤバそうな人達があちこちに立っている。私はそんな人達を遠目に見ている。私も私で怪しい人物に見えているだろう。

「今日の所は一旦帰ってゆっくりしようぜ、一番。」
「あぁ、そうだ。俺はもう酒を飲みたい。」
「ほんと足立さんとナンちゃんは根性ないわね。」
「まぁ、今日はみんな疲れてるからこの辺にしとくか。」

私と違うまた怪しい集団が視界に。しかし、飯店小路の住人とは違うような。ここは普通の人が入る場所ではない。だからこそこの4人は一際目立って見えている。

モジャモジャしてる…。

赤いスーツを羽織った大柄な男性を思わずガン見していると、視線が合う。ま、まずいと思いながらその場を動けず固まっていると声を掛けられた。

「ネェちゃん、なんか用か?」

「いや…。」

すごいモジャモジャしてて鳥の巣みたいで手とか突っ込んだら楽しそうだなぁと思ったとはとても言えない。返答に困っていると先ほどの綺麗な女性がちょっと、一番!怖がってるでしょと声が掛かる。

「いや、俺はそんなつもりは…。ただこんな所に女の子が一人でいるからちょっと気になったんだよ。」

怒られてシュンとしているその姿を見ると、優しい人なのかもしれないとそんな事をふと。そして先ほどから気になる鼻に残る香り。綺麗な女性の人からしている香り。
これ、うちの商品だ。しかも、限定商品のピーチアイスティーという香りの商品。数日で無くなった商品で追加を作るか悩んで夏限定の商品だからまた来年に発売しようと葵ちゃんと話をして決めた思い出深い品。

なんか、嬉しいなぁ。

すんすんとその匂いに酔いしれていると、再び声が掛かり現実に戻された。そうだ、今はそれどころじゃない。不審そうに私を見つめるモジャモジャの人。それもそうだ。匂いを嗅いで物思いに耽っているなんてただのヤバイ奴にしかみえない。

「おい!春日、俺は早く帰って一杯やりてぇんだ。」

「わかったよ。足立さん。じゃあ、そろそろ引き上げるとするか。」

「あぁ、そうだな。俺も今日は疲れて早く寝たい。」

「ナンチャンはほんとすぐ疲れるよね。」

これはうまく誤魔化すことができたのかな…。御一行さんは歩き出していくのを見届けて私は本来の目的を果たそうとしていたが、足音が。

「ネェちゃん!ちょっといいか?」

「あぁ…。はい。」

これは嫌な予感が。そう思いながらも、断れないのは私の悪い所だ。


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