真島吾朗編
どうしてこうなったかは分からないが、いつも会うと口喧嘩をしてしまう相手がいる。男同士なら拳で解決すればよいのだが、相手は女。器量も良く黙っていれば可愛い女だけれど、自分を見るといつも眉間に皺を寄せて嫌という顔をしている。
「親父なら、今はちょっと出かけています。」
「そうですか…。じゃあ、また出直してこようと思います。」
「折角だから、今、お茶淹れるんで待っててください。」
「あっ、お気遣いなく…。」
出先から戻ると隣から声が聞こえた。声の主は西田と例の女。自分の前ではいつも敵対する物言いなのに、自分以外の相手には丁寧な言葉使い。
ほんま、嫌われとるのぅ、ワシは。
人から嫌われることに対して抵抗はない。この世界に身を置いていればそんな事は常日頃あることだ。俗世間と一線を画しているのだから仕方のないこと。それにしても…。西田と女の会話が妙に気になってしまう。普段自分の前ではこんな風に長く会話をすることはない。大概女の方がそっぽを向いて去っていく姿が多いからだ。
「親父のことは嫌いですか?」
「えっ…。」
西田のアホ!いきなり何を聞いとんねん。
本人がいたら頭を叩いていただろうその言葉に思わずドア蹴破ってしまいそうになるのを抑える。女の方は突然のことに言葉を失っている。まぁ、そうだろう。しかし、驚いたのは次の言葉だった。
「西田さんは、私が本当に嫌いだと思ってますか?」
「えぇ!!」
今度は落ち着こうと椅子に座りなそうと思った時だった。思わず女の言葉に椅子から落ちそうになる。
どういう事や?
「あの、もしかして椿さんは親父のこと、好きってことですか?」
「………はい。」
はぁ?
思わず声が漏れそうになるのを手で抑える。あんなに毛嫌いをしていたのに、実はそれは反対だったということなのか。
「親父、絶対気づいてないですよ。いいんですか?このままで。」
「真島さん、かっこいいし素敵な人なんで私なんか無理ですよ。相手にしてもらえるだけ十分です。」
「そんな…。」
はぁ…と大きな溜息が漏れる。普段は自分に対して強気な態度を取っているのに、今日の彼女は全く別人でこれが本来の姿なのかもしれない。自分の前では決して本心を見せない為の。それに気づいてしまった。
可愛い所、あるやないか。
動揺する気持ちをそっと抑えてほくそ笑む。このままいつものように口喧嘩をしても良かったが、それだと芸がない。帰ったでと大きな声を出して、すぐに西田は部屋にやってくる。
「おぉ、椿、来とったんか。」
「ちょっと、用事があったんで来ただけです。もう帰ります。」
鞄を手にいつものように自分を睨むように見る彼女。さっきの態度は何処へやら。しかし、それがいい。自分の中にある欲がむくっと顔を出すのが手に取るようにわかる。
「おぅ、ちょっとツラ貸せや。」
「えっ…。」
彼女の動揺しているのをいいことに腕を掴む。そして垣間見える西田の顔。それは盗み聞きしてましたねと言わんばかりの顔。まぁ、それはいい。今は目の前の彼女に集中しなければいけないのだから。
「離してください!これから用事があるんです。」
本気で振りほどこうとすれば振りほどくことができる適度な力で彼女の腕を掴んでいたが、彼女は離そうとしない。これが答え。
「2人でゆっくり話せるとこにいこか?」
耳元でそっと囁くと彼女の耳はすぐに朱に染まる。大人しくなった彼女と歩きながら自分は意気揚々と。さて、2人になった時、彼女はどんな顔をして自分のことを語るのだろうか?じっくりとこれから尋問しなければ。きっちりさっき驚かされた分のツケを返してもらわないと。自然と自分の口角が上がるのを感じていた。
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