趙天佑編
今日の彼女はとても機嫌が良かった。グラスを空けるペースも早くこちらが心配していたが、それを余所にどんどんと空に。気づけば頬と耳はかなり紅くなっていた。
「2階は空いてるから勝手に使っていいぞ。」
「マスター、悪いね。じゃあ、お言葉に甘えて上で休ませるよ。」
机に突っ伏している彼女をそっと抱える。アルコールと共に彼女の髪からは良い香りがして一瞬自分の胸がざわつくのを感じる。
あぁ、もう嫌になっちゃうよね。
自分と彼女はそういう関係ではない。あくまで友人関係だ。それをわかった上で自分は適度な距離感で彼女と接していた。関係性が進展すればいいなと思ったこともあるが、自分の立場を考えるとそれは難しいだろうと結論付けていたからだ。
それなのに、今、こんな風に抱えていると勘違いしてしまいそうになる。動揺する気持ちを落ち着かせやっとのことで2階に敷かれている布団に彼女を降ろす。すると、うーんと唸り声が聞こえる。起こさないように気を遣っていたが、やはり起こしてしまったようだ。
「椿ちゃん、お水いる?」
「大丈夫…。」
すると、彼女は両手を伸ばしている。なんだろうとそっと近づいて屈んだのがよくなかった。
「趙さん、大好き!」
「…………。」
耳元でそっと囁かれた言葉。一気に体温が上昇するのを感じる。自分の次の言葉を脳内で選んでいる内に首に巻かれていた腕は力を無くし、寝息が耳に聞こえるのを感じる。
まじかよ…。
彼女は何事もなかったように眠っている。自分の動揺していることを露とも知らず。これがただの酔っ払いの戯言か本音なのか。確かめる術もなく暫く眠っている彼女の姿を目に焼き付けていた。
「おっ!趙じゃねぇか!」
「春日くん…。」
「なんだ情けねぇ声出して。」
「今日はさぁ、とことん飲みたい気分なの。付き合ってくれるよね?」
「おぉ…。わかったよ。」
さて、さっきのことは胸にそっと閉まっておこう。酔いが醒めてまた彼女がいつも通りになったらだ。その時は今度は自分が彼女を驚かせてやろう。今日の所はこの動揺を何とか収めることにしよう。
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