拍手SS | ナノ

  趙天佑編


「やっぱり、風呂はいいねぇ。」

「ねぇ、やっぱり狭い…。」

「狭いんだったらもっとこっちに来なよ。」

「いや、それは…。」

慣れた手つきで手招きをしているが、私はその場を動くことをせず黙ってみている。こういう状況にも慣れっこなんだろうなぁ。さすが、私の彼氏。まぁ、わかってはいたことだけれど、この慣れた素振りはあまり好きじゃない。

くしゅん。

いつもだったら肩までしっかり湯舟に浸かっているけれど、中途半端なまま浸かっていたせいで寒くなってきてしまった。思わずしたくしゃみに天佑はほらぁと言いながら私の腕を引く。

「ちょ、ちょっと!!」

「ほら、こうすればちゃんと足が伸ばせて肩までお湯がくるでしょ。」

「…うん。」

天佑の上に乗っかるように重なって湯舟に浸かる態勢に。さっきまでは見えていた天佑の顔はみえず、見えるのは湯に映る自分の顔だけ。あぁ、なんか可愛くない顔をしているとすぐに思った。

「なんかこういう当たり前の日常っていいよね。」

「当たり前の日常?」

「前はさぁ、寝る時もそうだけど風呂とか入る時も常に気を張ってたからね。」

「そうだね。」

総帥として生きていた頃の天佑は常に気を張っていないといけなかった。その時の私はまだただの友達で恋人ではなかった。好きだったけれど、それは伝えられなかった。きっと、伝えてしまったら天佑の足枷になると。総帥を降りてしばらくしてから私は家を訪ねて来た天佑に想いを告げた。ちょっとだけ驚いた顔をした天佑はもっと早く言ってくれたらよかったにと言って私を抱きしめた。それから私達は恋人同士になった。

「誰かと風呂なんてあの頃は考えなかったなぁ。」

「そっかぁ。」

普通の恋人ならしているような行為でさえも天佑にとっては当たり前じゃなかった。そんな世界にずっといたのだ。この人は。

「じゃあ、女の人とも入ったことないの?」

「そう。ちょっと、憧れてたよ。なんかいいよね。好きな子とお風呂に入るって。」

「そうなんだ…。」

実を言うと、私も入ったことはなかった。やっぱり、こういうプライベートな空間は一人でいる方がいいと思って避けてきていた。今日、突然天佑から言われて渋々了承をした。けれど、やっぱり恥ずかしい気持ちはある訳で。

「私も他の人と入るのは初めてだよ。」

「うん。知ってる。」

「な、なんで!」

「だって、入る前にすげー椿が渋ってたからさ。あ、入ったことないのかもってね。」

「私、先にあがる…。」

ザブンと大きな湯の音が響く。なぜか悔しい気持ちで一杯になっていた。理由は分からない。要は天佑の手の平で転がされているというのが気に入らないのだろう。しかし、私の1歩先を見ている天佑は私の腕を掴んで阻止している。

「はい。こっち向いた。」

「はぁ…。」

呆れて漏れる溜息。今度は向かい合うように湯舟に浸かる態勢に。せっかく溜めたお湯も半分くらい流れてしまった。一体何をしているのだろう、私達は。

「どう思ったかはわからないけど、俺はさ、今すごい幸せを感じてるの。」

「うん…。」

「こうやってできなかったことをひとつずつ椿とできるって幸せを。」

「天佑…。」

私の頬に天佑の濡れた手が触れる。できなかったこと、したかったこと。それを今、私と初めてしている。そう、誰ともしたことがないことを。それってすごく特別なことなんだろうと今初めて思った。

「だからさぁ、嫌がんないでよ。」

「嫌じゃなくて恥ずかしいの。」

「じゃあ、慣れれば大丈夫だよ。」

無理と言いかけた言葉は天佑の唇で塞がれる。そして耳許で囁かれる声。まだしたいことがあったんだけどいい?と。あぁ、きっと嫌な予感がする。そう思ったけれど、私も天佑にとっての初めてで特別な人になりたい。その気持ちが勝ってそっと目を閉じる。後は何も考えなくても身を任せればいい。そう、私達にとっての当たり前の日常の行為が始まるだけなのだから。


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