拍手SS | ナノ

  趙天佑編


「美味しかったですね。さっきのお店。」

「連れて来たかったお店だから椿に喜んでもらえて良かったよ。」

「ほんと趙さんは美味しいお店知ってるんでいつもご飯に誘ってもらえるの嬉しいです。」

「それは良かったよ。」

趙さんからすると私のことはただの友達だと思っているだろう。しかし、私は違う。特別な感情を持っているが、今の関係を壊したくないと思ってひっそりと自分の胸の中に。今のこの関係でいい。それ以上望むのは良くない。そう、自分を納得させているのだ。

「まだ時間あるけどこれからどうする?」

「そうですね…。」

いつもだとお腹が満たされると次はバーでゆっくりしたりダーツをしたりとその時の気分で決めている。

「趙さんのオススメはありますか?」

「うーん。あるけど、本当にいいの?」

珍しく念を押されるような感じの答えが返ってきて少し不安な気持ちに。でも、好きな人と少しでもいたいという気持ちが勝ってしまった。はいと答えると趙さんは私の手を掴んで歩き出す。途端に鼓動が早くなる。明らかにいつもと違っていたからだ。

「着いたよ。」

「ここって…。」

「そう、俺のウチだよ。」

以前から趙さんが横浜流氓のボスであることは知っていた。そしてアジトがあるのは慶錦飯店であることも。しかし、実際に目にするのは初めてだった。一人では決して来られる場所ではなかったからだ。それくらい危険な場所。そこに今、私は足を踏み入れている。緊張感から少し不安な気持ちになるが、趙さんはいつも通りの飄々とした感じなのでこの場に立っていられる気がする。

「どうする?帰る?」

「………。」

この場の選択は私に委ねられる。優しい趙さんのことだ。無理矢理連れ込もうとは思っていないのだろう。私は趙さんのことが好きだ。しかし、趙さんからは想いを伝えられていない。その気がないのであれば、あとで傷つくのは目に見えている。さぁ、どうする?

「美味しいものって一人で食べても美味しいけどさぁ、好きな人と食べるとより一層美味しくなるんだよね。」

「趙さん…それって…。」

「全部言わせるなよ。」

突然耳元で囁かれる言葉。その低い声に思わず身震いしてしまう。狡いなぁ。こんな風に普段と違う顔をこんな時に見せるのだから。こんなの無理に決まっている。

「帰らない…です。」

「良かった。じゃあ、椿、行こっか。」

導かれるように趙さんと慶錦飯店の奥へ進んでいく。全て趙さんは手の内。でも、いいか。少しだけ悔しい気持ちは後に取って置く。2人になった時に全部言ってもらおう。私の望む言葉を。そう心に決めて趙さんの手をぎゅっと強く握り返した。



prev / next

[ back to top ]


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -