鈍感な2人
ズルズルと麺を勢いよく麺を啜る音が聞こえる。今日も変わらず平和ないつもの光景。そんな事を思いつつも零れるため息。変わらず私の好きな人は目の前にあるものが一番なのだろう。
歯痒いなぁ、本当に。
口には出さないけれど、顔にはきっと出ているだろう。苦い顔をしながら私も同じように麺を啜る。うん、美味しい。自分が作ったものだから当たり前なんだが、良く出来た冷麺になっている。今日は一度やってみたかった梨入りの冷麺にしてみた。秋になったら絶対作ってみようと夏から思っていたのでようやく出来る時期になった訳だ。
「今日も美味しい1杯だった。」
「それは良かったです。」
梨が入っていることに気づいたのか気づいていないのか。冷麺を見ると目の色が変わって一気に食べてしまう柏木さんのことだから気づいていないのかもしれない。あぁ、歯痒い。柏木さんには私の繊細な乙女心なんてきっとわからないんだろうなぁ。わかってほしいけれど、わかってほしくない。気づいてほしいけれど、気づいて欲しくない。相反する気持ちが自分の中をいつも行ったり来たりしている。
「たまには外に散歩でも行くか?」
「珍しいですね。」
ほら、さっさと行くぞと言われて夜の散歩に。空には綺麗な月が顔を出していて、そういえば今日は満月だった気がする。そんな事を思っていると柏木さんがぽつりと零す。
「椿、月が綺麗だな。」
「そうですね。」
何気ない会話のひとつだと思っていた。しかし、柏木さんはその後何度か月が綺麗だと言ってきた。さすがにおかしいと気づいた私は柏木さんに問いかける。すると、別に何の意味もないという答えが返ってくる。もやもやとした散歩が終わり、その日はなんだか変な感じのまま柏木さんと別れた。
後日、気になって調べてみた。月が綺麗ですねと検索ワードに入力するとでてきた言葉。思わず頬が熱くなるのを感じる。柏木さんも案外キザな事をするもんだなと思う。今度会う時にはちゃんとした言葉で伝えてもらえるのかな。繊細な乙女心は十分柏木さんに伝わっていたようだ。
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