好きなことはたくさんある。食べること、寝ること、飲むこと。
特に気心の知れた仲間と飲み語らうのは格別。
今日もいつものように溜まり場であるサバイバーで気の合う仲間と飲んでいる。会話に耳を傾けたり時には茶々を入れたり。自分にとってとても大切な時間だ。
「ねぇ、それでナンちゃんの恋はどうなったの?」
「だから、さっきも言っただろ。告白する前に他の相手と付き合っちまったって。」
「えぇ!!」
今の会話のメインはどうやら難波くんの初恋の話のようだ。さっちゃんが初恋の話をしていた所から難波くんが自分の話をして会話が広がったようだ。自分はその会話を微笑ましく聞きながらグラスを傾ける。
「初恋だからって実るとは限らねぇんだよ。やっぱり男は顔なんだよ。だからハンジュンギや趙みたいな男が横から出てきてうまく取られちまうってことよ。」
「ナンちゃんが先に相手に告白してたら変わったんじゃないの?」
「それが出来たら変わってただろうなぁ。」
「おや、私が何かしたみたいな感じにするのはよろしくないですね。」
「ハンジュンギは顔が良いから恋愛で困ったことはないでしょうね。」
「さすが、紗栄子さん、よくわかってらっしゃる。」
ハンジュンギはそう言って誇らしげな顔をしている。ソンヒが傍にいれば何か面白いツッコミをしてくれそうなのに今日はあいにく不在。何か面白いことをツッコんでみようかと考えているとさっちゃんは自分の方に視線を向ける。
「関係ないように話聞いてるけど、趙も困ったことはないんでしょ?」
「俺?」
「そう!あんまりそういう話しないけど、裏でうまくやってそうだもんね。」
「裏でうまくねぇ。でも、初恋は実らないってのは合ってるかもね。」
「おっ!趙も俺と同じなのか!」
気を落としていた難波くんは自分の方を見てにこりとしている。自分はふふっと笑って酒を飲む。さて、次の話題に何を話そうかと考えていると、さっちゃんが切り出した。
「折角だし、趙の初恋の話してよ。」
「えぇ〜?めんどくさい。」
「いいじゃん。別に減るもんじゃないし。」
「そうだ!俺にも聞かせてくれよ。」
会話に入っていなかった春日くんもいつの間にか輪の中に入っていて自分の方を見て興味津々な顔をしている。
これは逃げられない感じ?
諦めたように溜息をひとつ。まぁ、いいか。これも何かの縁かもしれない。誰にも話したことのないこの恋の話を今日は聞いてもらってもいいのかもしれない。
「ちょっと長い話になるけどそれでもいいなら話すけど。」
一同がこくりと頷くのを見て自分の初恋の話を話すことにした。
◆◇◆
彼女と出逢ったのは高校2年の時だった。クラス替えがあって同じクラスになった。それまで彼女との接点は何一つなくクラスが同じだといっても話したこともなかった。そう、彼女と自分の住む世界は違っていたからだ。
「じゃあ、クラス委員は決まりだ。趙と高城、1学期間頼んだぞ。」
窓の外を見ていた自分は名前を呼ばれて黒板に目を向ける。どうやら自分の知らぬ間にクラス委員に決まっていたようだ。面倒臭そうな態度でいると、先生が自分にしっかりやるように言ってはいはいーとだるそうに返事をする。途端にクラスにどっと笑いが起きる。別に人気を取ろうと思っている訳ではないが、どうも自分は目立つようでこんな風に選ばれることが多い。本人としては至って普通にしている訳だが、勝手に人気がついてくるようだ。
あぁ、面倒だねぇ。
放課後には委員会があるようで、まぁ、適当に理由をつけて帰ってしまえばいいとその時は思っていた。再び窓の外に目を向けると雲一つない空と心地よい風が肌を掠める。午後からの授業は良いお昼寝ができそうだ。その時はもう放課後の委員会のことなんてすっかり忘れていた。
「あの…。」
気づけば1時間だけと思ったお昼寝は随分長くなってしまったようだ。HRも終わって気づけば放課後。そして声が聞こえたのでそっと見ていると、紺色のハイソックスが目に入った。
丈、長くない?
この年になるとちょっとくらいお洒落をしたい気持ちが先行して女の子はみんなスカートの丈が短い。そして今の流行りといえば、だるっとしたルーズソックスが流行り。そんな流行りとは逆の地味な色のハイソックスに長い丈のスカート。珍しい子もいるんもんだなと思いながらようやく伸びをして身体を起こす。
「何か用?」
「えっと、あの…。」
言いづらそうに自分の前に立つ女の子。眼鏡におさげ。今時こんなに典型的な子がいるというくらい目の前にいた女の子は真面目と言う言葉がぴったりはまるような子だった。
「用がないなら俺帰るから。」
ゆっくり立ち上がって鞄を手に。時間もあるしゲーセンに寄って帰ろうと思っていると、服の袖を掴まれた。
「何?」
「あの、これから委員会があるから…。」
「委員会?」
「趙くん、クラス委員でしょ?」
そう言われて今日の昼間の出来事を思い出した。そういえば、そんなものを頼まれたような記憶がうっすらと。困ったような彼女の顔を見て少し意地の悪い自分が飛び出した。
「別に行かなくても君だけいけばよくない?」
「でも…。」
唇をぎゅっと噛んで自分の顔を申し訳なさそうに見ている。思わずその顔を見てふっと笑みが零れた。
「わかったよ。行けばいいんでしょ?」
彼女は少し困ったように笑って委員会の教室の場所を告げる。だるいなぁと思いながら前を歩く彼女の後についていく。教室の中に入るとすでに人は集まっていて開始まであと少しという所だった。
ほんと、真面目だねぇ。
委員会のつまらない話を聞き流しながら退屈しのぎに彼女の姿をそっと見る。そういえば、名前は高城だったっけ?聞いたことはあった。確か、学年1位の子の名前がその名前だったような。おそらくそれは彼女のことなんだろう。綺麗な姿勢でノートに委員会の内容をメモしている。そんな事をしている内に委員会は終わり、いつの間にか空は茜色に。折角の楽しい放課後を今日はあまり楽しめそうにない。
「趙くん、じゃあ、明日のHRで決まったことを伝えるから。」
「はーい。」
だるそうに立ち上がってようやく今日の学校は終わり。ゲーセンには行けなかったから家でゲームでもしようかと考えていると彼女は横で片付けをしている。
それはほんの気まぐれだった。
「ちょっと!趙くん…。」
どうしてだが彼女のつけている眼鏡をさっと取り払った。途端に彼女は軽いパニックのような状態になってあたふたしていた。そう、ちょっと思っていたのだ。この分厚い眼鏡がなければ案外可愛いんじゃないのかなぁって。
「高城って眼鏡取ったら可愛いじゃん。」
「そんな事ないよ…。早く返して!」
焦って困る様子にますます自分の中での加虐心が掻き立てられた。2つに結われたヘアゴムを取る。途端にさらりと長い髪が露になる。
あっ、やばいかも。
泣きそうになりながら自分の方を見る彼女を見て思わず言葉を失った。どくどくと自分の中で心拍数が上がるのを感じた。ハジメテの感覚だった。今まで可愛いとか美人とかそういう女の子はたくさん見てきた。でも、それとは全く違う何か。それが今、自分の目の前にはいた。
「はい。ごめんね。これ、返すよ。」
動揺を悟られないように眼鏡とヘアゴムを返すと彼女は自分を睨んでいた。それもそうだ。今日の自分は彼女にとって面倒で嫌な奴にしか思えないだろう。
「じゃあ、趙くん、私、帰るから。」
一刻も早く立ち去りたいという彼女の言葉が告げられた。そそくさと廊下を出て歩いていくのを見て思わず呼び止めた。
「高城さぁ、マジで眼鏡とって髪降ろしてた方が可愛いよ。」
「………。」
その言葉にはっとなった顔をしてから彼女は駆け出した。
あぁ、これは完全に嫌われちゃっただろうな。
残念な気持ちとまださっきまでの動揺の余韻が残っている不思議な感覚にしばらくその場に浸っていた。
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