12月もあっという間に過ぎて今日が最後の日。年末年始と云えば、イベント毎が目白押しだが、ここは中華マフィア。旧正月は2月ということで世間とは違い、ひっそりと静かな年越しになるということを最初の年に聞いた。今はもうこの慣習は私にも馴染んでいて特にすることもないこの年末年始は持て余してしまう時間になっている。

掃除も終わったし、後はボスの所に顔を出して帰ろうかな。

予定もないし、家に帰って蕎麦でも食べようかなとそんな事を考えながらボスの部屋へ向かう。今年は一人で暮らして初めての年。ボスからは予め向こうに帰ってもいんだよと言われたけれど、丁寧に断った。何かあった時にすぐに駆け付けられる場所にいた方がいいと考えたからだ。

「ボス、今日はもう上がってもいいですか?」

「誰かと思ったら、椿じゃん。」

朝から用事があったようで出掛けていたボスと顔を合わせたのは今日が初めてだった。帰ってきていなかったら書置きでも置いておこうと思っていたが、意外と帰りは早いようだった。

「別にすることもないし、上がってもいいよ。」

「ありがとうございます。じゃあ…。」

帰りますと言うとボスはじっと私の顔を見ている。この顔…。ボスのことは全て知っている訳ではないけれど、この顔は何か言いたいときにする顔なのは知っている。

「椿、帰らないの?」

「帰りますけど…。」

ボスはまだ何か言いたそうな顔で私を見る。これは半ば試されているような気もする。少し悩んだけれど、溜息をひとつ吐いて私は決めた。

「ボス、この後時間ありますか?」

「椿は何か予定あるの?」

「ないです。強いて言うなら蕎麦を食べようかなとかそんな所です。」

「ふぅん…。」

頬杖をついて含みを込めた笑みを浮かべたボス。また試されているような。この選択が正しいのかどうかは分からないけれど、言っておいた方が良いのだろう。

「大したもてなしはできないですけど、ウチに来ますか?」

「いいねぇ!ちょうど暇してたんだよね。」

どうやら正解だったようだ。ボスは嬉しそうにさっと立ち上がって、買い物をしてから行くよと歩き出している。まぁいいか。これもいつものことでボスが楽しそうにしているのならば、お供しようと先に歩く背中を追っていく。

◆◇◆

「やっぱり、混んでますね。」

「まぁ、明日はお正月だし、最後の買い出しになるんだろうねぇ。」

いつも行くスーパーは人でごった返していた。目的のものは蕎麦だけだから最悪コンビニでもインスタントでもいいんだけどなぁと思いながらも、ボスは行くよと手を引いてスーパーの中へ。カゴを手にしたボスはさながら主婦のようにも見える。

「ボス、欲しいのは蕎麦だけなんですけど…。」

「折角の年越しじゃん。お菓子もいるでしょ。それにお酒も飲みたいじゃん。」

カゴの中にぽんぽん目についたものを入れていくボス。蕎麦はすでにカゴの中に入っているので後はレジに並ぶだけ。それなのに、楽しそうにカゴの中にはどんどん商品が追加されていく。

「椿は欲しいものないの?」

「私は蕎麦だけで大丈夫です。あれだったら先にレジに並んでおきますけど。」

「じゃあ、並んでて。すぐに行くから。」

会計をするにも混んでいる店内。レジの列の最後尾を見つけて並ぶことに。周りを見ると家族連ればかり。そういえば、毎年家族で過ごす年末は騒がしかったということを思い出した。

「これ、ほんとに全部食べるんですか?」

「いいじゃん。年末なんだし、日持ちもするのもあるんだし。」

レジ袋が3つになった荷物。ボスはすぐに重いものをさっと2つ持っていくよと言っている。私はすぐにハッとなって私が持ちますと声を掛けるが、ボスは首を横に振っている。

「他の人に見られたら私がボスをお使いにしてるように見えるんで困るんですけど…。」

「いいじゃん。言わせたい奴には言わせとけば。」

変わらずどこ吹く風である。まぁいちいち細かい事を気にしていたら組織のトップでいることは無理なんだろう。ある意味器が大きいと務まらないのだろう。飯店小路に入ると他の目を気にしていたが、今日は本当に人が少なくあっという間に自分の家に。

「ボスは適当に寛いでて下さい。」

「はーい。」

ボスは返事をしながら何やら部屋にあるものが気になるようでテンションの高い声を出している。

「椿、いいもん買ってるじゃん。」

「あぁ、これですか?」

そういえば、買ってからボスが部屋を来たのは初めてかもしれない。年末年始帰らないかわりに私が一人で過ごすのに買ったのは炬燵。ご飯もそこで済ますこともできるし、昼寝をするのにも良さそうと思ったからだ。

「もしかして炬燵初めてですか?」

「そうなんだよ。うわっ!暖かいねぇ!」

子供のようにはしゃぐボスを見て思わず笑ってしまった。私よりも物事をよく知っている人でも経験のないこともあるんだなぁと。炬燵ではしゃぐボスを横目に蕎麦の準備をしようと鍋を取り出して必要なものを台所に並べていく。

「椿、作るなら俺も手伝うよ。」

「ここ、狭いんでボスは炬燵でぬくぬくしてていいですよ。」

「それもいいけど、暇じゃん。」

「まぁ、適当にテレビでも見てていいですよ。」

めんつゆはどこだったかなと棚を空けたりしていると、ボスは炬燵から出て外に出ようとしている。

「ちょっと、店に物取ってくるからまだ蕎麦は茹でなくていいよ。」

「あっ、わかりました。」

ボスが部屋を出ると急に辺りは静かになる。そこはいつもと同じ自分の部屋なのに、やっぱり今日はなぜか人恋しいと感じてしまう。

いかんいかん。

物思いに耽るのは止めて現実に。葱を切って買ってきたてんぷらはトースターに。あとは七味も出しておこう。お茶の準備もしてと。こういう風に何かに集中していると余計なことを考えなくても良いのだから。

「戻ったよ。」

「おかえりなさい。」

それからすぐにボスは戻ってきた。その手には岡持ちが。ボスの店のことは詳しくしらないが、出前もしているのだろうか。そんな事を思っていると中から料理の皿が次々と。炬燵の上乗っていく。

「椿が台所貸してくれなかったから作ってきちゃったよ。」

「これだけあれば蕎麦要らないと思うんですけど…。」

「いいじゃん。ゆっくり年越すまでに摘まんでおけば。」

ボスに聞くと蕎麦は要ると言われたので茹でていくことに。2人前を買ったけれど、これは1人前を分けた方がいいかもしれない。茹でた蕎麦に汁を入れる。2つのお椀を持って炬燵に行くと豪華な夕食が完成だ。

「ボス、ビールでいいですか?」

「そうだね。椿はちょっと飲まないの?」

「じゃあ、少しだけお付き合いします。」

小さいグラスを出してちょっとだけもらうことに。いつもだったら断る所だけれど、今日は年越し。折角なのでご相伴にあずかることにしよう。

「ボス、1年お疲れさまでした。」

「椿もお疲れ様。」

乾杯をして食事に有り付くことに。ボスが作ってきたのは炒飯とエビチリと唐揚げ。何気に私が好きなメニューを選んでくる所がボスの優しい所だ。

「やっぱり、ボスの作る料理って美味しいです。」

「そう?椿の蕎麦も美味しいけど。」

「いや、それほとんど私が作った要素ないですから…。」

そんなやり取りをしている内に外からはボーンと鐘の音がするのが聞こえた。今年ももう終わりなのか。少し寂しい気持ちを感じながらも、ボスはそうそう、これも要るでしょと岡持ちの中からデザートだよと出てきたもの。

「みかん!」

「一度炬燵で食べてみたかったんだよね。」

「何気にこれが一番嬉しいかもしれないです。」

「えぇ〜!他にも美味しいものあったでしょ。」

ボスと向かい合いながら蜜柑を剥いて食べる。なんだかんだ一人でのんびり過ごそうと思っていた年末だが、あっという間に時間は過ぎて楽しい時間になっていた。

「片付けは手伝うよ。」

「いいですよ。ボスは炬燵でゆっくりしててください。」

「じゃあ、そうさせてもらう。」

ボスが炬燵でTVを見始めたので私はその間に片付けを。まったりとした時間が過ぎていく。その間にも鐘の音は鳴っている。

さて、これは岡持ちに入れておいた方がいいのかな。

ボスのお店の皿を岡持ちになおして炬燵に戻ると、ボスは静かに寝息を立てていた。静かだなと気づいていたが、まさか眠っているとは思わなかった。

起こさない方がいいよね。

冷えないように肩の部分にブランケットを掛けて私はその寝顔を見る。気持ち良さそうに寝ているなぁとそんな事をふと。邪魔にならないようにサングラスを炬燵の上に置いて暫しボスの顔を眺めていた。

ちょっと一息ついてこようかな。

起こしてもいけないし、このまま寝顔を見続けているのもどうなのかなと考えて一服することに。部屋を出て屋上に上がっていつものように火を点けてほっと一息。スマホを開けると家族から連絡がきていた。返信を送ってもう1本吸ってから降りようと考えていると首筋に暖かいものが触れる。

「えっ…。あっ!」

ボスが私の首に手を置いていた。こういう事はよくあることなのでいつもの事かとボスを見ながら思う。

「起きたらいなかったら驚いたじゃん。」

「気持ち良さそうに寝てたんで起こさない方がいいかなって。」

「起きたら年明けてたんだよ。折角、椿と一緒に年越ししようと思ってたのに。」

「それはすみません。」

「いいよ。こうやって年明けて最初にいるのが椿だったから。」

ほんとなんて人。この人はいつも自分の胸の中にある寂しい気持ちや孤独な気持ちを察して無かったことにしてくれる。ある意味、狡い人。でも、だからこそこの人の傍で支えたいと私は思うのだろう。

「…明けましておめでとうございます。」

「おめでとう、椿。」

自分の中で芽生えつつある感情。それをかき消すようにいつものように笑った。それに答えはある。けれど、その答えは出すことはないだろう。きっと、その答えを出した時、私はボスの傍にいられなくなるだろう。それはしたくない。だからこそ、今年も私とボスはこの関係のままでいい。それが私の決めた道。

今年も何事もなく平穏にボスと過ごせたらいいな。

そんな願いを新年に込めて新たな1年は始まる。





年を越えて




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