それは何かの会話の流れだった。いつものように何か作業をしていると、ボスが現れた。ボスは私に話掛けて、私は作業の手を止める。特に中身のある話ではなかった。そして、その会話が終わり作業の戻る所で再びボスは話始めた。

「来週の月曜日空いてる?」

「はい、今のところ、何も予定はないですけど…。」

ポケットに入れていた小さい手帳を取り出して確認。まだ何も書いていない空白の14日。

「じゃあ、あけといてよ。」

「はい。」

手帳に予定を書き込み、ボスは去っていく。特に気にすることなく、再びやりかけていた作業に戻る。そう、この時はまだいつものお使いだと思っていた私。
しかし…。
予定の前日。

「椿、明日、家まで迎えに行くからね。」

「えっ…。」

そういえば、先週予定を空けておくように言われていたことを思い出す。私がハッとなっていることに、ボスは笑って忘れてたのと言っている。指摘されたことにより、更にマズイ顔になる私を見て、ボスは笑いながら更なる追い打ちを。

「バレンタインデートって初めてなんだよね。」

「で、デート!」

驚いて、手帳を確認するともともと印刷されていた薄い文字でバレンタインデーと書かれている。

「椿からはどんなチョコもらえるか楽しみだねぇ。じゃあね。」

「あの、ちょっと!」

私の返答を聞かずにボスは去っていく。
私はどうするべきなのか頭を抱え始める。

14日まではあと1日。
厳密にいえば、1日はない。

デートとは…。
バレンタインとは…。

ようやくボスのことを少し理解できるようになってきたと思っていたのに、またわからなくなってしまった。
とりあえず、チョコを用意しておけばよいのだろうか。正解のわからないまま、家路へと急いだ。

◆◇◆

これが正解なのか。
わからないまま当日を迎えてしまった。とりあえず、ありあわせのもので作ったフォンダンショコラ。ラッピングもありあわせのものになってしまった。もっと可愛らしくした方がいいのだろうか。悩んでいる内にいつの間にか時間は結構経っていたようだ。

「椿、着いたよ。」

「あっ!今、降ります。あっ、痛っ!」

チビ達がその辺に置いてあったおもちゃを踏んでしまった私。慌てた様子の私の声を聞いて、ゆっくりでいいよとボスの笑う声が耳に。急いで出かける準備をして、慎重にチョコをトートバッグの中に。急ぎ足で下に降りていく。

「おはようございます。」

「おはよう、椿。」

私の顔に何かついているのか、ボスは私の顔を見て少しうーんと唸っている。別にいつも通りの私で特筆すべき点はない。

「椿、今日、デートって言ったよね。」

「そうですね…。」

ボスは私の姿を見て、いつもと同じ格好じゃんと言っている。いつもと同じというか、これしか選択がないのが今の私だ。黒のパーカー、黒のパンツかスカート。これが私の今のスタイル。動きやすいし、汚れても問題ない恰好が一番。それに加えて朝からイチイチ考えなくて済むというのも理由のひとつ。

「ボスだって、いつもと同じじゃないですか。」

「俺はいいの。椿は女の子なんだから、もうちょっと可愛い恰好したらいいのに。」

「うーん。そういうものですかね?」

そんなやり取りをしている内にボスは良い事思いついたと私の手を引いていく。ボスの良い事とは…。大抵良からぬことを思いついたとしか思えないが、断れない私の立場。

さて、ボスが向かった先とは…。


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