街中が赤や緑で覆われる。今年もいよいよ年の瀬だなぁ。そんな事を思いながら、今日も私は飯店小路を抜けて慶錦飯店の中に。ここは街中の楽しい雰囲気とは違い、いつも通り静かな空気が立ち込めている。

「椿、おかえり。」

「あっ、ボス。お疲れ様です。」

今日も恒例の買い出しを終えて、中に入ろうすると上から声が。ボスがのんびりと上から顔を出している。変わらずボスも年の瀬を感じない飄々とした様子だ。

「これは、ボスに頼まれていたものです。」

「ありがとう。」

買ってきたものをボスの部屋に持っていく。これはご褒美ねとカップに注がれたコーヒーをボスから手渡される。頂きますと断って、湯気の立ちあがるコーヒーをふぅふぅしながら飲んでいく。外の空気でかじかんだ手がカップから伝わる熱によってじんわりと温まる。コーヒーは苦みがあるけれど、ミルクとの相性がとても良くて、色々コーヒーを飲んできたけれど、ボスが淹れてくれるコーヒーが一番美味しい気がする。

「そういえば、椿はどうするの?」

「何のことですか?」

「クリスマスだよ。」

「あぁ!クリスマスですか。今年はしっかりお給料も頂いているので、いいクリスマスを過ごせそうです。」

「なるほど。じゃあ、家族と過ごすんだね。」

「はい。」

今年はお蔭様で少し余裕のあるクリスマスを送れそうだ。今のところ、チビ達にも一人一人プレゼントをあげる予定になっている。そうだ、そろそろ買いに行かなければ。一応、リストは作ってあるのであとは買いに行くのみ。当日はケーキとちょっとしたご馳走でささやかなパーティーをする予定だ。

「ボス、どうかしましたか?」

「ううん、何にも。」

私が楽しそうな顔をしているのをじっと見ているだけのボス。ボスがこんな態度をすることは時々ある。けれど、ちょっとだけ自分の中ではその時のボスの表情が引っ掛かっていた。

よし、これで完璧。

クリスマス・イブ当日。
24日は1日休みをもらっていたので朝からチビ達が学校に出かけるのを見届けて、大急ぎで準備。部屋を飾り付け、料理の下準備。プレゼントはチビ達が寝静まった後に個々に置くことに。いつの間にか、お昼の時間は過ぎていて、そろそろケーキを取りに行く時間だ。簡単に出かける用意を済ませて、外に。

今、渡しておくのがいいかな。

チビ達のプレゼントを買うときにふと浮かんだこと。ボスにも何か細やかなプレゼントを贈りたいと思った。今年1年お世話になったことだし。あとは…。

何か、この前のことが引っ掛かるんだよなぁ。

何か言いたそうにしていたボス。結局、その意味は分からず仕舞のまま24日に。まぁ、私の気にしすぎなのかもしれないし、思い過ごしかもしれない。とりあえず、ボスがいれば手渡しすればいいし、いなければ部屋に置いておこう。今日も変わらず慶錦飯店はひっそりとしている。

いないのかなぁ。

ボスの部屋の前でノックをするが、応答はない。失礼しますと声を掛けて、中に。用意してきたプレゼントをわかりやすいところに置いておく。メッセージカードもつけてあるので、怪しまれることもないだろう。さて、じゃあ、ケーキを取りに行こうと振り向くと…。

「ボ、ボス!!」

「あれ?椿じゃん。」

にっこり笑うボスがそこに立っていた。

◆◇◆

「これ、本当にいいの?」

「はい。ボスにはいつもお世話になっているので。」

悩んだけれど、無難な黒のマフラーをボスにプレゼントに。買ってから、思ったけれど、値段はそこまでしていない。ボスの身に着けているものは良いものばかり。安物でよかったのかと今更後悔してきてしまった。

「うん、いいじゃん。暖かいよ。」

「そうなんですよ!肌触りがすごく良くて選んだんですよ!」

ボスが嬉しそうに首に巻き付けてくれているのを見て、私のテンションも上がる。喜んでもらえて良かった。さて、そろそろ本当にお暇させて頂かないと。腕時計を見て、出ようとすると、ボスから声が掛かる。

「これからパーティー?」

「はい。チビ達も待ってると思うんで。」

「そう…。楽しい時間になるといいね。」

あ、またあの顔だ。この前の時と同じ顔をしている。そこで少し浮かんだ考え。すぐにそれは言葉に変わる。

「ボス、今日の予定は?」

「特に何にもないよ。」

「来ませんか?」

「いいの?」

「はい。チビ達も喜ぶと思うんで。」

以前、ボスが来て以来、ちょこちょこボスが来ることもあったので、チビ達も喜ぶ筈だ。楽しいことはみんなで分け合うのがいい。ボスは私の提案に驚いていたが、すぐに出かける用意をしている。うん、やっぱりこれが正解だったようだ。

「じゃあ、ケーキを取りに行きますよ。」

「了解。」

マフラーを揺らして歩くボスの姿を横目で見ながら、クリスマスのイルミネーションの中に溶け込んでいく。

◆◇◆

「椿、この皿は?」

「えっと、それはここですね。…というか、ボスはお客さんなので、ゆっくりしててくださいよ。」

パーティーは無事に終わり、チビ達も寝る準備をして、私は片付けを。ボスの訪問にチビ達も喜んで、みんな嬉しそうにしていたので良かった。ボスも楽しそうにチビ達と遊んでいた。そして、料理の手伝いまで。結局、今は皿洗いを手伝ってもらっている始末。なんたる失態。もてなす側としては駄目な結果になっている。

「ボス…すみません。」

「何が?」

「呼んでおいたのに、色々手伝わせてしまって…。」

申し訳ない気持ちでいっぱいになっていると、ボスはそんな事ないよと言って、私の俯いている頭を撫でる。

「ここってさ、いつも暖かくて居心地良いんだよね。」

「えっ…。」

「ボスじゃない普段の自分でいられる場所ってこと。」

「ボス…。」

優しく微笑むボスを見て思う。やっぱり、あの時感じていた違和感は間違いではなかったようだ。ちょっと寂しそうな瞳をしていたんだ。なぜかその瞳を見なかったことにしたくなかった。

「椿、この後時間ある?」

「プレゼントを置いたら大丈夫です。」

「じゃあ、ちょっと、俺に付き合ってよ。」

「はい。」

いよいよパーティーの仕上げ。眠り込んでいるチビ達を起こさないようにプレゼントをひとつひとつ置いていく。明日の朝は騒がしい朝になりそうだなぁ。そっと微笑みながら、チビ達のサンタはこれにて終わり。

「ボス、どこに行くんですか?」

「着くまでのお楽しみ。」

ちょっと歩こうかと言われて、ボスの横に。さすがに冬の夜は冷え込む。もう少し着てくればよかったと思いながら、寒そうにしているのを悟られないように歩いていく。

「今日、素敵な時間を提供してもらったからお礼だよ。」

「わぁ!!」

ボスは怪しげな雑居ビルの前で足を止めて、中に。勝手に入って大丈夫なのかなぁ…と様子を見ていると、先に進んだボスからは流氓で持ってる土地だから大丈夫だよと言われて、わかりましたと答えて中に。そしてついたのは屋上。
広がるのは異人町の街並み。
特に今日は空気も澄んでいるので空には星空が広がって、海の方に目を向けると停泊中の客船も飾り付けされて綺麗にライトアップされている。私のはしゃぐ様子を見て、ボスはここは俺だけのとっておきの場所なんだよと言っている。

「ボス、ハッピーメリークリスマス!」

「メリークリスマス!」

2人で顔を見合わせてくすりと笑う。変わらずボスと私の関係は不思議な関係だなぁ。そんな風に思いながら、夜景を楽しんでいると声を掛けられる。

「はい、これは椿の分。」

「えっ…。」

いつの間に…。ボスは紙袋を私の前に。開けていいですかと聞くとどうぞと言われて包みを開けていく。

「あっ…。」

中には白いマフラーが。ボスはちょっとだけばつの悪そうな顔をしている。それもそうだ。私があげたマフラーとよく似ている形。

「椿はいつも黒い服が多いから、白が合うと思うよ。」

「ありがとうございます。」

こんな風に誰かにプレゼントをもらうのは随分久しぶりで照れ臭い気持ちになる。本当はもっと喜びを示したいのに、うまくできない。なんでだろう。ボスの前ではいつもそんな感じだ。ボスは私の手にしているマフラーを手から取って、巻いてあげるよと言って、そっと首にマフラーが巻き付けられる。そっと頬で撫でるととても柔らかい肌触り。

「ボス、大切にしますね。」

「こちらこそ、椿にもらったマフラー大事にするよ。」

似たような黒と白のマフラーをつけたお互いの様を見て、思わず顔を見合わせて笑う。本当に久しぶりにクリスマスらしい夜を過ごしたそんなある日のボスと私の出来事。









「なんか、これってリンクコーデみたいだよねぇ。」

「リンクコーデ?」

「ペアルックみたいなもんだよ。」

「ペアルック!!」

「じゃあ、次は既成事実を作りにいこっか?」

「結構です。」

「それは残念。」

いつの間にか飄々としたいつものボスの顔に戻っていた。さっきは、ちょっとだけ、かっこいいだなんて思っていたのに…。少しだけ残念に思いながらも、今日も私はボスの隣にいる。


白と黒が繋がる




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