傍から見ると私達の関係は恋人同士のように見えるかもしれない。しかし、今は仕事の真っ只中。今日も私はボスの隣りにいることが仕事。

「じゃあ、椿は終わるまでここで待っててね。」

「わかりました。」

どうやら平安楼に用事があるようで私は外の邪魔にならない場所に立っている。ボスからは寒かったら、どこかの建物で暖を取っていてもいいよと言われたけれど、さすがにそれはちょっとと思い、平安楼の建物の傍に。美味しそうな匂いが鼻を掠めて、目の前にはパリパリに焼き上げられたアヒルが吊るされている。

北京ダックって食べた事ないんだよね。

今頃、ボスはその美味しい料理に舌鼓を打っている所なのだろうか。ついてきて欲しいと言われたものの、用件は聞いていない。いつものことだ。ボスが言うまでは深入りしないようにしようと決めている。時に妙な勘が働いて勘ぐってしまう時もあるのだが。

他のボディガードの人も来ていないことをみるとお忍びなのかなぁ。

あ、また勘ぐりが始まってしまう。いかんいかん。また要らぬことをボスに言ってしまいそうになってしまう。目線は平安楼の方に向きながら、思考は別の場所に。カップルや家族連れで賑わう中華街。飯店小路とは違い、ここはとても華やかな印象だ。

ここでは中華街のことはタブーだ。

以前、古参の幹部の人から言われたことをふと思い出す。戦後間もない頃に横浜中華街の主導権を握るために二つの組織が争っており、その争いに敗れた組織が横浜流氓の原型となったらしい。
煌びやかなこの中華街の灯りとは相反して生臭い抗争があったことなんて、今、街を歩く人達も思いも知らないだろう。勿論、私も横浜流氓にくるまでは知らなかったこと。当時は、何も知らずに楽しく来ていた場所だった。

そんな場所でボスは何をしているのだろうか。

先代のボスはその中華街を牛耳っていたマフィアと抗争していたようだったが、数年前にその組織は壊滅。今は比較的落ち着いているらしい。幹部の馬淵さんの貿易会社の商品も今は中華街に納品しているものも多いらしい。

要は、今は平和ということか。

少しだけ手がかじかんできたので息を吐いて、ボスが戻ってくるのを待つ。ボスからは予め、そこまで時間は掛からないと言われていたが、どのくらいとは聞いていない。ひたすら、待つというのは退屈だけれど、これが私の今の仕事。

「だから、中で待ってくれてたら良かったのに。」

「ボ、ボス!!」

思わず素っ頓狂な声が出る。いつの間に、私の背後にいたのだろうか。私の首元にそっと手が当てられて驚いてしまう。ボスはそんな私の様子を見て笑っている。変わらず、気配を消すのがうまい人だ。まぁ、そうでなければ組織のボスなんてできないだろう。きっと、これから先も私はボスの背後を取る事なんて無理なんだろう。

「戻りますか?」

「そうだね。」

どうやら用事は済んだようでこのまま飯店小路に戻るようだ。そして平安楼の方にそっと目を向けると綺麗な髪色の女性が視界に入る。レザージャケット、ミニスカート、サングラス。いかにもボスの女の人という感じが。でも、その横には彼氏?のようなこれまた黒い格好をしたシルバーアッシュの男性が。

「椿、何見てるの?」

「あっ…。何でもないです。素敵な女性だなぁと思って、つい。」

本音少々、嘘も少々。何となく、ボスが会っていた人なんじゃないかということに、勘が働いていた。でも、口に出すとまた余計なことになりそうなので、引っ込めておくことに。いつかその時がくればわかることなのだと自分に言い聞かせて。

「ふぅん…。」

ボスの意味ありげな返答が気になるが、行きましょうと告げて帰り道を歩き出す。ボスの探るような視線が気になるが、気にしないように。これもボディガードとしての処世術だ。ようやく中華街の入口の門の所まで来た時に、ボスが私の名前を呼んでいる。

「どうかしましたか?」

ものすごい湯気で蒸されている点心の数々。食べ歩きにピッタリな中華まんが蒸籠から取り出されている。

うぅ…。美味しそう。

「ちゃんと言う事聞いて待っててくれたから椿にはご褒美に何か買ってあげるよ。」

「いや、私は…。」

まだ仕事ですからと言うとそうかぁ…とボスは少し困った顔に。困らせるつもりはなかったんだけどなぁ。私まで困った顔になってしまう。でも、心と身体は違う。見ている内にお腹がぐぅ…と鳴る。あっ…と思っている内にボスは嬉しそうにどれにすると言っている。

完全にこうなると私の負け。

「うーん。じゃあ、これにします。」

どれも同じような見た目だが、その中でオススメと書いている商品を指す。ボスは流沙包(リュウサパオ)だねぇと言っている。あれ、豚マンを選んだと思っていたけれど、違っていたようだ。まぁ、いいかと思っている内にその謎の流沙包(リュウサパオ)が私の手に。さっきまでは冷たかった手に熱がじんわりと籠っていくのを感じる。

「冷めない内に食べなよ。」

「ボスはいいんですか?」

「俺はさっき、ちょっと食べたから大丈夫だよ。」

「じゃあ、頂きます。」

さすがに齧りつくのは、はしたないのかなと思って、2つに割ってみる。中には黄色い餡のようなものが。恐る恐る口に運ぶとじんわりとした甘みが広がる。

「ボス、これすごく美味しいんですけど。」

「ここのはひと手間かけて塩漬けの卵黄を使ってるから、甘ったるくないんだよ。」

「そうなんですか。」

さすがは料理上手なボス。感心しながら二口目を。そして割った片割れが気になってしまう。やっぱり、一人で食べるのは何だかなぁと。

「ボス、半分あげます。」

「全部椿一人で食べたらいいのに。」

「独り占めするのも悪いので。」

持っていた片割れの流沙包(リュウサパオ)をボスの手に。ボスはぱくりと齧りながら美味しそうな顔をしている。申し訳ない気持ちがなくなってほっとする。美味しいものや楽しいことは共有するのに限る。

「ご馳走様でした。」

「いえいえ。」

じゃあ、戻りましょうと話して、飯店小路の方向に歩き直す。今日も私はボスの側で少しだけボスではない素の顔を垣間見たような気がした。









「なんか椿と中華街デートしたみたいで楽しかったよね。」

「デートですか。」

「包子を半分ずつ分け合うとかカップルみたいじゃない?」

「いやぁ…。それは。」

「何なら、手も繋いで帰る?」

「色々と面倒なので止めてくださいね。」

残念だねぇという言葉が聞こえたような気がするが、これもいつものこと。ある日の冬の少しだけ暖かい思い出。

ふわふわであったかい幸せ




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