用意はしっかりしていた筈なのにどうしていつも私はこうなのだろう…。やはり、お菓子作りというものは魔物なのかそれともバレンタインが鬼門なのか。答えはでないが、とりあえず買い直しをしなければ…。

…と言ってもすでに時間はかなり遅い。今から買い直しに行ける場所は限られている。これなら一から見栄など張らずに簡単にキットにすればよかったのに。結局いつも自分はそうだ。無理をして空回りしている。そう、真島さんのことになればいつもそうだ。
青春時代にそういった苦い経験を通してくればこんな風に失敗はしないはず。でも、私にはそういう経験はない。全て真島さんを通して経験してきている。溜息ばかりついても現状は変わらない。とりあえず、片付けをして買いに行こう。簡単なキットでも私が作れば手作りなんだからと言い聞かせて外へと向かう。
愚者は経験からしか学べないといった言葉を聞いたことがあるが、正に今の私がそうだった。

どこにも売ってないんですけど、キットが!!!

神室町中を探して回ったが、どこも売り切れていると惨憺たる結果。バレンタインというイベントを舐めていた。昨年も経験したはずなのに全く活かされていない経験。家に残っている失敗したチョコでリカバリーするか?いや、絶対私の能力では無理だ。繊細さを必要とするお菓子作りは私には無理だったのだろう。諦めムードで歩いていると鼻を掠める良い香り。
吸い寄せられるように私はキッチンカーの前に。ぽつんと裸電球だけがついたその車。いかにも怪しげな感じがするけれど、香りのおかげですごくほっとした気持ちになれる。

「いらっしゃいませ。」

「あぁ…。はい…。」

中から顔を覗く優しい笑顔の女性。怪しい気持ちなんて吹っ飛んでただ目の前に並べられているチョコレートに魅入られる。先ほど私が作っていたものなんてほんと石ころなんじゃないかと思うくらい目の前のチョコレートは綺麗な艶と光沢がある。そしてとても高貴な香り。買うつもりはなかったけれど欲しくなるチョコレートがたくさん。とりあえず、作るのはあとにして家に帰ってこれを食べてからでいいんじゃないかと脳内から甘い囁きが聞こえてくる。

「あの、これとこれを。」

「それ人気の商品なんですよ。」

「そうなんですか。」

綺麗な箱につめられて確認作業をしてお会計。豆からコーヒーを入れてチョコレートを楽しもう。うん、それで落ち着いて考えてみよう。そんな事を思っているとレジ横に置いてある商品が気になってじっと眺めてしまう。

「それ、気になりますか?」

「あっ…でも…。」

簡単チョコフォンデュセットと書かれた商品が目に入った。これならフルーツを買ってくれば自分でもできる。湯煎さえ失敗しなければ。ご丁寧に容器とキャンドルもついている。でも、これって…。

「バレンタインにもピッタリですよ!」

「バレンタインに…。」

さっきまで落ち着いていた気持ちがずんと重くなる。本当にこんな簡単なもので真島さんが喜んでもらえるのだろうか。女性の店主さんが覗き込むように自分を見ている。なんだかとても不思議な感じでぽつりと私は想いの丈を零す。

「これって手抜きみたいになりませんか?」

「手抜き?」

「大切な人にはやっぱり手作りのお菓子をあげた方がいいのかなって。」

そう話すと店主さんはそっと微笑みながらそんな事ないですよと告げる。そしてお会計は終わっているけれどちょっと時間ありますか?と聞かれてはいと答える。そして渡された中身が入った紙コップ。

「これはサービスです。」

「ありがとうございます。」

中身は飲まなくてもわかる。これまたいい香りがするホットチョコレート。一口飲むとほどよい甘さと温かさでさっきまでのネガティブな気持ちを溶かしてくれるような優しい味だった。

「どんな形であれ大切な人のことを思って作ったものなら喜んでもらえると思いますよ。」

「そうですか…。」

目の前のキットを眺めながら考える。私が今できる精一杯の想いを伝える。それがどんな形であれ。

「これもお願いします。」

「じゃあ、一緒に紙袋に入れておきますね。」

よし、あとはマシュマロ、フルーツを買って帰ろう。帰り際に店主の人にいいバレンタインになるといいですねと言われて心強い気持ちになった。今年のバレンタインはようやく決まった。













「真島さん、今年のバレンタインです。」

「おぉ、なんやこれは!」

子供のように驚いてる真島さんにどうやって食べるかを説明していく。真島さんは楽しそうに溶けたチョコにバナナをつけて食べている。

「どうですか?」

「おぉ、なかなかうまいで。でもなぁ…。」

「でも?」

チョコを口元につけてその部分を指している真島さん。何やら嫌な予感が。でも、断れない自分。

「椿、早よ舐めてくれんかのぅ。」

イヒヒと笑みを浮かべて私との距離を詰める。舌をちょっと出して舐めると甘い。そしてすぐに暖かい舌が絡まる。長い口づけが終わり、笑う真島さん。喜んでもらえて良かった。安心していたのも束の間。少し冷えたチョコレートを見ながらまだ色々使えるのぅ…と意味深な発言が聞こえる。その答えは私と真島さんだけが知っている。今年も甘さと共に欲に塗れるバレンタインに。来年こそはちゃんとしたものを作ろうと考えるけれど、結局、最後は欲に塗れるのかもしれない。そんな事を思いながら押し倒されている私はそっと腕を伸ばして真島さんの首に絡ませる。



まだ愚者のまま



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