何が良くなかったのか。何が悪かったのか。いつも同じ調子で生活が進むとは限らない。いつも仲が良かったとしても時に衝突もある。

それが夫婦というもの。

「椿、こんな時間にどこ行くねん!」

「私の勝手です!」

バンとドアを閉める音がして自分の溜息が零れる。どこかで落としどころはあった筈なのに一度火が点いてしまうと最後。お互いに普段言えなかったことなどを言い尽くした結果が今。彼女は怒って出て行ってしまった。すぐに追いかければいいのだが、追いかけられないのはまだ自分も怒っている証。今の状態で向かった所でどうせまた怒ってしまうのは分かっているからだ。

ちょっと頭冷やしてからにしよか。

ソファーにどかっと腰を下ろし、煙草に火を。彼女が行きそうな場所は大抵想像がつく。その安心もあり、冷静になりながら彼女に会ったら素直に謝ろうと思いながら紫煙を燻らす。

こんな風に一人だとさっきみたいに衝動的に怒るようなことはないのに。素直に謝ってそっと彼女を抱きしめていれば良かったのに。やはり、一人落ち着いて冷静になった結果は良かったようだ。ようやく煙草の火をもみ消して立ち上がる。

さぁ、お姫様を迎えにいこう。

日中は穏やかな陽気になってきたが、まだまだ肌寒い時期。帰る道中彼女が寒くならないようにいつも身に着けている彼女のストールを手に。そして目星をつけた場所へと向かう。

それはほんの気まぐれだった。ただこのまま彼女を迎えに行くのは芸がないな。そんな風に思いながら少しだけ回り道をしながら歩いていると目についたキッチンカー。吸い寄せられるようにその店の前に。

「いらっしゃいませ。」

「あぁ…。」

屋台の様相かと思いきや甘い香りが鼻を掠めて目の前に見える色とりどりのチョコレート。そして店主は女性。意外すぎる場所で意外過ぎるものが売っていて思わず返答に困ってしまう。

「何を買おうか悩まれているんですか?」

「そうやのぅ…。女性に人気のもんとかはどれになるんや?」

「女性?恋人ですか?」

「いや、奥さんや。」

そうですか…。と店主の女性はちょっと悩みながらも何個か選んだものを目の前のトレイにのせて紹介してくれる。どれも綺麗なチョコレートで彼女も喜びそうな気がしてくる。

「ほんならこれ全部包んでくれるか?」

「全部ですか!」

「せや。ネェちゃんの説明が良かったお蔭や。」

わかりましたと再び店主の女性は丁寧にラッピングしてようやく自分の手にチョコレートが渡される。さぁ、ようやく彼女を迎えに行く準備ができた。そう思って歩き出そうとすると声がかかる。

「ちゃんと仲直りできるといいですね!」

「大丈夫や!」

手をあげて店主に向かってそう伝える。どうしてわかったのかは分からない。けれど、前向きな気持ちになれたのは店主の人間性なのだろうか。食べなくてもわかる。きっとこのチョコレートは特別な味がする。そんな予感がしていた。

◆◇◆

「また喧嘩?」

「仕方ないじゃん。アコちゃん、これお替り!」

「もう今日はそれで最後にしときなさい!」

「アコちゃんの意地悪!」

アコちゃんはほんとどうしようもない子ね、椿はと言いながらお冷を目の前に置いてくる。黙ったまま口につけて水を流し込むとようやく酔いが醒めて冷静に。別に大したことではなかったのにどうしてムキになってしまったんだろうと数時間前の自分を責める。

それでも一度火が点いてしまったら最後で言い尽くすまでは一度振り上げた拳は降ろせずお互い言いたい事を言って険悪に。そして私は一端外に。追いかけてくれるかな。なんて淡い期待はしていたが、そんな事はなく携帯を見ても連絡はない。愛想を尽かされてしまったのかもしれない。酔いのせいで感情が丸裸になっているのか、気づけば目にうっすらと涙が浮かんでいる。

「ほんと情けない顔して!」

「元からこんな顔だから。」

アコちゃんからはそろそろ店を閉めたいからと言われてお会計を。本当はまだ家に帰りたくない気持ちがあるが、そうは言ってられる訳もなく…。アコちゃんからのお釣りの返しを待ちながらそんな事をふと。

カラン…。

「ごめんなさいね。今日はもう…。あらっ!」

アコちゃんのその声で振り向かなくても誰かわかった。すぐに振り向けばいいのに机に突っ伏して泣きそうになる顔をそっと隠す。

「椿、俺が悪かった。帰ってきてくれへんか?」

「…吾朗さん。」

いつもそうだ。どんな風に喧嘩しても折れてくれるのは吾朗さんだ。そう、優しい人なんだ。知ってる。だって、私はこの人の妻なんだから。

「私こそごめんなさい。」

俯き加減で囁くような声でぽつりと零す。でも、ちゃんと聞こえていたようでほんなら帰ろかと差し出される手。私は黙ったままこくりと頷く。背中越しにアコちゃんが仲良くするのよと声がかかる。ようやく喧嘩の時間は終わりを告げる。

「それなんですか?」

「あぁ、これか?」

歩きながら気持ちが落ち着いてきた時に気になったことを聞いてみる。可愛らしい紙袋に入った何か。吾朗さんが持っているのにしては違和感があったからだ。

「帰ったら一緒に食べるやつや。」

「吾朗さん…。」

やっぱり優しい。私は何も持ち合わせていないのに。感謝の気持ちをそっと手に込めて握っている手をぎゅっと握り返す。すると吾朗さんもそれにこたえるかのように手を握り返してくる。優しい温もりを感じながらもう何が原因で喧嘩したのかも忘れてしまった。もうどうでも良かった。今はこの温もりをそっと感じながら、またこの人の妻として生きる道を歩いているのだから。

















「本当にこんな所にチョコレート屋さんなんてあったんですか?」

「ほんまにあったんや。おかしいのぅ…。」

あの日食べたチョコレートの味が忘れらず後日吾朗さんとその場所に行ってみたがそんなお店はなかった。吾朗さんはほんまにここやってんけどなぁと言いながら頭を掻いているが本当にそうなのか否か。真相は分からないが、また何かのきっかけがあればその幻の店に出逢えるのかもしれない。

「また一緒に食べたいですね。」

「せやのぅ…。喧嘩したらまた買えるかもしれへんな。」

「もう!」

お互い笑いながら手を握って歩く。雨の日も晴れの日もあるように私達の関係もまた穏やかなものに落ち着く。



奥様にプレゼントを



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