過去を振り返っても一人や二人はいるだろう。勉強もスポーツもできるといった万能の人が。天は二物を与えずというが、そんな言葉、鼻からなかったかのように彼は三物、下手すると四物持っていたりする。おそらく私が見てきた中で一番何でもできる人だと思う。

そう、人は彼をMr.perfectと呼ぶ。

◆◇◆

「ほんで、夏チャンはその男が好きなんか?」

「えっ?真島さん、今の私の話聞いてました?」

はぁ…と溜息を尽きながらグラスを傾ける。なんやちゃうんかと言いながら楽しそうにしている真島さん。会話の流れを思い出すとこうだ。

「ほんまに夏チャンはいっつもこんな風に一緒に酒飲むけどええ男おらんのか?」

「いたらまず、ここで飲んでませんよね。」

真島さんは私が働く会社の取引先の社長さん。本来社長さんと言えば、こんな風にフランクに話をする間柄ではない。そこそこ仕事での付き合いが長いことと堅苦しいことが嫌いな真島さんと私はいつもこんな感じで会話をしている。勿論、仕事の時はきっちり礼儀正しくしているが。今日は真島さんの会社の忘年会に私が呼ばれて参加し、その後帰ろうと思っていたら真島さんに声を掛けられて2人でお酒を飲んでいるといった所。

そして酒の肴になるような話をぽつりぽつりとしていた所で出た話題がこれ。いつもそうなのだが、真島さんは人の恋愛事情に興味があるのかよくそんな話題をしてくる。…といっても私に好意がある訳ではない。真島さんの首に掛けられた金の高そうなネックレスにぶら下がるシンプルなリング。常時、黒い革の手袋をしているので落とさないようにする術としてこの方法にしたんやと言っていた。そう、真島さんは既婚者だ。

ええ男と言われても皆目見当がつかなかったので、そういえば社内に一人すごい人ならいますねと言ったのが冒頭の彼だ。仕事は完璧、容姿端麗。20代の後半にもなれば肉体的にもちょっとたるんでくる人もいる中、その彼は日頃から鍛えているのか非常に仕上がった肉体だ。更に独身となれば女性も色めきだつのも当然。社内にはその彼のファンクラブなるものもひっそりと存在する。

「ほぉ、そんなモテ男がおるんか?」

「まぁ、そうですね。」

からんとグラスの中の氷が揺れる。じゃあ、興味があるのか?と言われれば答えはノー。単純にすごいとは思うがそれ以上の感情も興味もない。私の今の興味と言えば目の前に置かれたレーズンバターをいかに綺麗にクラッカーに載せるかだ。

強いて言うならば一つ共通点が。彼と私は同期入社ということだけ。…と言ってもすぐに彼がとんとん拍子に出世していったので同期という感覚はない。職場内の人で初めて挨拶する際などの会話の節に出たときにそれを思い出す時くらい。あぁ、彼と同期なんだと。そう、結局はそのカテゴリーの一括りにされている自分。初めはうんざりした気持ちだったが、社会人の生活も長くなるにつれてそれはどうでもいいことだと思うようになっていた。
入社当初は負けたくない!とメラメラ闘志が湧いていたが、今はそんな感情はすっかりない。それは彼の仕事能力と私の仕事能力に大きな差があり、張り合った所で無理があるからだ。私は私、彼は彼という風に今は割り切っている。お蔭様でそんなつまらない感情を抱くことがなくなってから仕事は順調だ。要は無理をしないことが大事なんだろう。

「そんなん言うとったらいつまで経ってもおひとり様やで。」

「はぁ…。」

綺麗に載せることができたクラッカーに満足して頬張っていると隣からは呆れたような溜息が聞こえる。まぁ、興味のないものはないし、仕方ないですよねと言うと私の話に飽きたのか真島さんはせやせや、聞きたかったことあんねんと別の話題に。そう、それでいい。

「奥さんに今度贈りたいものあんねんけどなぁ。何がええやろか?」

「そうですね…。」

そうそう、そういう楽しい話題がいい。いつも話にでている真島さんの奥さんの好みに合いそうなものをチョイスして話をしていく。真島さんは助かるわぁと言いながら嬉しそう。こういう姿を見るとやっぱり結婚っていいのかなぁと少し羨ましく思ったりもする。…が、相手はいないし、相手になりそうな人もいない。過去の恋愛を振り返ってもそこまでいいものと言える経験をしてきていない。おそらく次に出逢った人とは恋愛ではなく結婚を前提とした付き合いになるのかなぐらいの感覚。要はそろそろいい年齢になってきているということだ。

「夏チャン、鳴っとるで!」

「あ、すみません。ちょっと出てきますね。」

こんな時間に何の用だ。そう思いながら携帯を耳に当てると悲痛な声が。あ、これは嫌な予感が。そう思いながらも断れない自分。ほろ酔い気分の脳を仕事脳に切り替えながら電話の内容を理解していく。

「真島さん、すみません。今から社に戻らないといけなくて…。」

「なんや、こんな時間に仕事かいな!」

「まぁ、ちょっとしたトラブルなんですぐ終わって帰れると思います。」

「ほな、今日はお開きやな。」

ちょうど奥さんも飲み会終わったみたいやから迎えに行ったろかと思ててんと嬉しそうにしている。いない時でもこんな風に大切に想える関係って素敵だなぁと少しほっこりとした気持ちになる。しかし、すぐに椿、待っとれよ!と変な腰の動きをしている。真島さんの夜の相手も大変そうだなぁと会った事のない奥さんに同情する気持ちになる。

タクシーが捕まったタイミングで真島さんとは別れてふぅ…と深い溜息をひとつ。心地よい車の揺れが酔いと眠気を引き起こし、うつらうつらとしてくる。空いていれば20分くらいになりそうかなと思ってようやく瞼をそっと閉じた。



01



|

top

×
- ナノ -