会えない時間が愛を育むと昔の人はいったそうだ。確かにその通りなのかもしれない。会えない時間は相手が何をしているだろうか、元気にしているのだろうか、私のことを考えているのだろうか。そんな事を考えて、次に会える時まで想いが増す。
私達もそんなカップルの中のひとつ。…といっても、普通のカップルよりはハードルが高いのが私達。物理的な距離がそうさせている。付き合うと決めた時からわかっていたことだけれど、時々不安になることもある。もっと一緒にいる時間が増えればこの不安も少しはましになるのではないかとも思ったりと悩みは尽きない。

「夏、疲れたのか?」

「ううん。どうして?」

「急に静かになったな。」

「そうかな?」

今日は久しぶりに訪れた峯の部屋。ソファーに座りながら、先ほどの不安を考えていた所、峯が声を掛けてきた。無駄な心配はさせたくない。心配そうに私を見ている峯を諭すように何でもないよとだけ告げる。

「夏は、もっと一緒にいたいって思わないのか?」

「えっ…。」

まさか同じことを考えていたとは…。動揺して目をパチパチさせていると、峯の顔が不機嫌になっている。

「どうやら俺だけがそう思ってたみたいだな。」

「ち、違うの!」

「じゃあ、何を隠してる?」

「そ、それは…。」

先ほどまでは少しあった距離が詰められて、今はソファーに仰向けに沈んだ状態に。見上げるとそこには峯の探るような視線が痛いくらいに私に向けられている。

これは観念するしかなさそうだな…。

「もう少し一緒にいられたらいいなって、私も思ってたの。」

「夏…。」

さっきの表情から一気に優しい顔になって私の頬を撫でる。そして口づけ。不思議なもので、さっきまでの不安は消えてなくなってしまう。峯が私に触れてくる度に。峯もそう思ってくれるいいんだけどなぁ。そっと峯の首筋に触れて口づけをひとつ。結局、不安は愛を満たすことでしか満たされないのだろう。目をそっと閉じながらそんな事を思っていた。

そんな事を思っていた矢先、嬉しい出来事が舞い降りた。

「旅行券と有給なんですか?」

「今年は業績が良かったから、社員に還元ってことになるな。」

「そうですか…。」

朝からオフィスに行くといつもよりも熱気のある社内。何事かと思って、上司に聞いてみると、返ってきた回答がこれだった。旅行券と有給。いつ取っても大丈夫とのことだったが、いつにするか。…というか、これ社員全員だったら、峯も該当者ってことだよね?

「あぁ、その件なら朝に聞いたな。」

「じゃあ、どうする?」

「聞くまでもないだろ。一緒に行くぞ。」

「うん。」

お互いの休みを調整して旅行に行く。なんて素敵な計画なんだろう。すぐに行きたい旅館やホテルを調べて、準備は順調に進んでいった。

「運転疲れなかった?」

「いや、全然。」

「温泉もたくさんあるみたいだし、ゆっくりしてていいよ。」

「あぁ、そうだな。」

あっという間に当日を迎えて、今は旅館の駐車場についた。電車でも来られる距離だったが、車の方がいいと峯が言ったので車でくることに。運転も代われるようにレンタカーでもよかったのだけど、峯が自分で運転するといって譲らず。快適な運転で私はのんびり車内で過ごさせてもらった。

「じゃあ、ここに住所と名前お願いしますね。」

「はい。」

峯の横に並びながら宿帳を記載していく。女将さんは夫婦じゃなかったんですねと言われて私は動揺。峯は嬉しそうに何れそうなる予定ですがとさらりと言ってのける。私の頬はたちまち紅く染まる。

こんなことで私の心臓持つのかな…。

峯の行動によっていちいち動揺してしまう。そんな峯は至って自然で何ともない言葉のひとつだと思っている。なぜか悔しい。絶対に峯を上回る行動などできないのに、いちいち張り合ってしまう自分がいる。

「じゃあ、お部屋にご案内しますね。」

どんな部屋なんだろうとワクワクした気持ちでいると、峯が私の手をそっと握る。ちょっと照れ臭いけれど、私もぎゅっと握り返す。人里離れた場所であるということもあって、今日はいつもよりも大胆になれている気がする。これが旅にきた解放感というものなんだろうとしみじみと感じていると峯の声がした。

「げっ…。」

「どうしたの?」

峯の視線の先を追うとその原因がわかる。

「なんや、夏チャンやないか!」

「あっ…。」

そこには真島さんと奥さんの椿さんが立っていた。


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