いつもと違うことをするときはちょっとだけワクワクする。それは大人になったとしても。いつもはオフィスに向かい、現場に向かう日々だが、今日はのんびりと車窓に揺られ、悩んだ末に購入した駅弁に舌鼓となる訳だったのだが…。

「峯、なぜそこに席に?」

「夏、偶然だな。」

余裕の笑みを浮かべ私の横の席に陣取るMr.perfectこと峯。駅弁を選ぶのに夢中になっていたら発車時刻ギリギリで離れた車両に乗り、自分の席にやっとのことでついたはいいが、そこにいたのは峯。辺りを見回すが、平日ということもあって空席が目立つ。…ということはこの席は作為的だということだ。

「偶然じゃなくて必然の間違いじゃないの?」

「じゃあ、運命だな。」

はぁ…と深い溜息。リアリストな峯がそんな事を言うなんて珍しい。いや、私の前では常にこんな感じなのかもしれない。ようやく峯という人間が少しだけ理解できてきた証なのだろうか。まぁ、私のことを好きという時点でだいぶリアリストからは外れた人間であるのには違いない。

「どうせ総務の女の子にうまいこといってやってもらったんでしょ。」

「勘がいいんだな。」

こうなると私の方がリアリストな気がする。出張が決まれば、新幹線の席は総務に申請を出して現物が支給される仕組みだ。峯に好意のある女子社員は社内には数知れず。きっと総務の女の子に良いように言って私の隣の席にするように言ったのだろう。

「じゃあ、目的地も同じってことだよね?」

「そうなるな。」

今回の出張の目的地は大阪。普段からお世話になっている業者さん達が一堂に会する催しものがある。今回、私の部署では私が行くことになっていて挨拶をしたり、それぞれのブースをみたりと。要は少しだけイベントようなお祭りのようなものだ。私の会社でもブースを出していてその手伝いも兼ねている。そして、峯もそこに行くということで目的は同じ。
あれからメールや電話などはしているが、こんな風に顔を突き合わせるのは久々だ。しかも2時間強隣の席。不安しかない。折角、楽しみにしていた駅弁の味も碌に分からないまま新大阪に着きそうだ。

別に峯が悪い訳ではないのだ。これは私自身の問題。

先日の一件以来、自分の脳内では少しだけ峯のことを考える時間が増えた気がする。原因は色々あるが、やっぱりあのアコさんの一言が大きいのかもしれない。

「まさか椿と真島さんがワンナイトでホールインワンするとは思ってもみなかったわ。」

ワンナイトでホールインワン…。ものすごい表現だなぁ。苦笑いを浮かべながらもアコさんはガハハと笑っている。

「でも、すごいですよね。普通だったらもう会いたくないとか一回きりでいいとか思わなかったんですかね?」

「まぁ、そういう出会いもあるけれど、2人の場合は決まってたんじゃないのかな。」

「運命的な?」

「そうそう!あれからも事あるごとに、会う機会が増えて気づいたらくっついてたわ。」

「そうですか…。」

何だか、他人事のように聞こえない流れ。私と峯との出会いが運命だとしたら…。その波に乗ればいいのだろう。でも、私は安易にその波に乗れるタイプではない。どうしてそこまで私に峯は執着するのかが分からない。世界中で私しか女性がいないのならば、理解できなくはない。でも、峯の周りには常に綺麗な人がいる訳で。そう考えるとなぜ?という気持ちが湧いてきてしまうのだ。

「何か悩んでることでもあるの?」

突然黙ったままグラスを見つめているとアコさんは探るように私の目を見る。さすが、神室町で店を構えているだけあって色んな人達を見てきたのだろう。私なんかの悩んでいる顔なんて見慣れているのだろう。そしてその目はすごく真っすぐでぽろりと口から零れ落ちてしまう。アコさんはさっきまでの明るいテンションからしっかり聞く顔になっている。

「煙草いいかしら?」

「はい、どうぞどうぞ…。」

煙草に火を点けて深く息を吐くアコさん。ひとしきり私の話を聞いたあと、味わうように煙草を口にしている。神室町に住む人からすると取るに足りない悩みだろう。けれど、人は大なり小なり悩みがあり、その重要性は人によって違う。私のとっての悩みの種は峯。

「夏チャンは傷つくのが怖いの?」

「どうなんでしょうか…。」

傷つく前にまだ好きかどうかも分からないのだ。だから、飛び込んだ所で傷はつかないと思う。寧ろ中途半端な気持ちで飛び込むことで峯を傷つけてしまうんじゃないかという不安はある。

「最初に過ごした夜はものすごく素敵だったんです。夢を見ているような感覚で。でも、好きだから心地よかったんじゃないのかなって。それが何だかフェアじゃない気がして…。」

「あら、恋愛において身体の相性は大事よ。」

「でも、気持ちも同じくらい大事ですよね?」

「そうね。でも、後からついてくるもんじゃない?」

「後から…。」

「恋なんてもの突然始まるものなんだから。そのきっかけがその夜なんじゃないのかしら。順番なんて誰が決めた訳でもないし。」

「そうですね…。」

そんな話をした後にすぐに真島さんがきて、尻切れた状態で亜天使をあとにした。私の中ではそのアコさんとした会話があれからぐるぐると回っている。

要は、もう私は峯と恋が始まっているんじゃないかということに…。

いや、そんな事はないだろうというもう一つとの感情でせめぎ合っている今の状態。きっと、峯はそんな私の動揺に気づいていないのだろう。私との会話が終わるとノートPCを取り出してディスプレイを見つめている。仕事をしている時の峯の顔。こんなに近くでみたのは初めてかもしれない。変わらず憎らしいくらいかっこいい。胸がざわつくのを感じる。

違う、絶対に違う。

自分に念のようなものをひとしきりかけてざわつく心を落ち着ける。そしてようやく駅弁を取り出して口に。ほら、やっぱり味なんか分からない。人気ナンバーワンの駅弁を買ったのにちっとも味が分からない。

全部、峯のせいだ。

本当は違うのにそんな事ばかり考えては思い悩む。まだ新幹線は名古屋にも着いてない。こんな調子で大丈夫なのかと思いながらも、車窓の景色は目の覚める程の綺麗な田園風景が広がっていた。

旅は始まったばかり。
これはまだ序の口。




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