なぜ自分が?
そう思う事は世の中で時々あることだ。正に今がその瞬間でなぜ自分がこの場所に立っているのだろうと思う。全てはその以前からの自分の行動によって齎されている。要は自業自得。

でも、行きたくないなぁ。

それが本音。
しかし、そうは言っていられないのが現状。自分の置かれている現状。そう、社会人であればノーと言えない状況がある。それが正に今で、溜息を尽きながらこの禍々しい目の前にそびえ立つ建物を見つめるだけ。
刻々と時間だけが過ぎる。どう足掻いても自分が前に進まなければ変わらないのは承知。ならば、さっさと済ませてしまえばいいのだ。そう、無理難題を押し付けられた訳でないのだから。

ええい、ままよ!

無駄な気合をひとつ入れて重い足を進める。その様はラストダンジョンに向かう主人公の心境のどこか似ている気がしていた。

その数時間前…

どうして月曜日はこんなにも憂鬱なんだろう。誰しも一度、いや毎度のことながら思う事。メールの一つ一つの内容を確認しながら予定を組んでいく。組まれていく今週の予定を見ながら今週も仕事が始まる。もはや慣れてしまったその作業を淡々とこなしていくのみ。

そういえば…。

ひと段落した所でプリントアウトした用紙を取りに行くついでにちらりと隣の島を見る。いつもは賑やかな隣のある空間だけが静か。そう、峯がいないのだ。時計を見ると始業時間はとうに過ぎている。朝から直接どこかに行く用事でもあったのだろうか。まぁ、私には関係のないことか。そんな風に思いながら自分のデスクに戻り、作業に戻る。

「じゃあ、外回りに行ってきます。」

「坂本!」

「はい!」

課長が自分の所にくるように手招きをしている。何か提出した書類に不備があったのだろうか?考えながら課長の机の所まで行くが答えは出ない。

「坂本は峯と同期だったよな?」

「そうです…。」

嫌な予感がするのは気のせいだろうか。課長はそんな私の変化に気づくことなくじゃあ、頼みたいことがあるからと言って説明をしている。聞いていく内に断れないものかと考えているがすでに聞いてしまった手前断れないのだろうという結論に達している。

「じゃあ、頼んでいいか?」

「わかりました。終われば連絡します。」

ただでさえ月曜日のということで憂鬱なのに更に憂鬱なことが増えてしまった。溜息を尽きながらも私はプライベートのスマホを取り出して峯に連絡を取る。どうやら今日は体調が悪いということで休んでいるとのこと。こんなことも珍しいと峯の上司は言っていたそうだ。すぐに連絡は返ってこないと見込んでいたので返信が返ってくれば待っておけばいいか。午前中はそんな風に思っていた。

◆◇◆

「ここの納期はもうちょっと早くできそうですか?」

「せやのぅ…。頑張ったら何とかなりそうやな。」

「じゃあ、お願いします。」

今日は珍しく現場で真島さんと打ち合わせ。遅れている工期について確認している所だった。ここ最近真島建設では体調不良の人が多かったようでなかなか進まなかった作業もあったようでようやく社員さんも戻ってきて本調子といった所だ。

「そういえば、真島さんは風邪治ったんですか?」

「この通りピンピンや!」

軽快に目の前でダンスをする様を見せている真島さん。変わらず元気そうだ。そんな真島さんでも風邪は引くようで先週現場にきたときは姿がなかった。

「こういう時に奥さんおるとほんま助かるで。」

「やっぱりそうなんですね。」

経験上、独り身で体調を崩すのは本当に辛い。あの何ともいえない空間にたった一人置き去りにされたような感覚。このまま孤独死するんじゃないかという妙な不安に襲われてしまうのも体調が悪い時に感じることが多い。

「だから、早よ、夏チャンも結婚した方がええで。」

「うーん…。」

孤独になりたくないから結婚をする。それも一つのきっかけなんだろうと思うが、果たしてそんな浅はかな理由で長続きするのだろうかと考えてしまう。相手がいてそう思うのであればそれは不純な理由ではないと思うのだが、今の自分の状況ではどうもそれは浅はかだと感じてしまう。

「例の男とはええ感じなんやろ!」

「いや…。」

嬉しそうに真島さんは私の肩を叩いて冷やかしている。おそらく峯のことを指しているのだろうが、ええ感じとはどういうことなのだろうか。この前と違って少し進展したといえば連絡先を知ったことぐらいなのだが。

「言わんでもゴロちゃんにはわかるで。」

「うっ…。」

その全てお見通しと言わんばかりの目で見られるとたじろいでしまう。この人に下手な嘘は通用しない。これも人生経験の差なんだろうか。そんな会話の流れでふと峯が体調を崩して休んでいると告げたのが最後。

「夏チャン!」

「何ですか?」

急に大きな声で名前を呼ばれて驚いてしまう。そんな私に動じることなく真島さんはあかんでと言っている。何があかんのか全くわからず頭に疑問符が浮かぶ私。

「彼氏が具合悪いんやったら彼女としてお見舞いしたらなあかんで!」

「いや…。」

もはやどこから訂正すればいいのか分からず返答に困る。まず、大前提として私と峯は付き合っていない。そこから訂正しなければいけないのだが、真島さんに細かく説明するのもどうなのだろうかと思ってしまう。

「絶対、お見舞い行くんやで!待っとるで!」

どう訂正しようか悩んでいる内に真島さんとの打ち合わせが終わり、捨て台詞のようにこの言葉を告げられる。そしてスマホをみるとまだ峯からは返信がなく課長の用事も済んでいない。課長に電話して返信が来ないことを告げると困った様子。

「あの、今日中じゃないと困りますか?」

「そうだな。なるべく早い方が助かる。」

「じゃあ、仕事終わりに家に行って聞いてきましょうか?」

「じゃあ、頼んだぞ。」

「分かりました。」

電話を切って溜息をひとつ。別に私じゃなくても良くないか?そんな事を思いながらも日頃からお世話になっている課長に逆らえることはできない。仕事というのは自分だけではなくチームでやっていると常に私は思っている。その課長が困っているのであれば、手助けするのはチーム員としての役割。

気が進まないけど、行くしかないよね。

真島さんに言われた言葉も小骨のように引っかかっているし、行けば全ての悩みが解消される筈。すでに今日の用件は済んでいる。車を走らせて峯の自宅へと向かう。

そして現在。

コンシェルジュの人に用件を告げてソファーに座りながら待つ。すぐに案内されて峯への部屋へと向かう。なんだろう、この妙な緊張感は。さすがに手ぶらで行くのはどうかと考えてコンビニで軽く食べられるものなどを手にしている。チンとエレベーターが目的の階について止まる。峯の部屋の前で一端、深呼吸をして落ち着ける。

それはさながら魔王の城に入る主人公の気持ちと似ている気がした。


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