自分の好みに合わせて作られたオーダーメイドのマットレス、起床時間と共に自動で開閉するカーテン、そして時間になればお越しに来てくれる使用人。
食事は家族全員。父が箸をつけてから。それぞれの好みに合わせてテーブルのメニューは違う。それは気分に合わせて。欲しいものがあればすぐに近くにいる使用人に。好みの固さに茹でられた卵、目の前で作ってくれるふわふわのオムレツ、数々並ぶ焼き立てのパン。自分が欲しいものを好きなだけ。

それが私の以前いた世界。

それが今では全く違う。誰も起こしてはくれないので携帯のアラームをMAX。食事も自分。期限ぎりぎりになって安く買えた食パンにマヨネーズを塗ってトースターに。このトースターは友人の知り合いがいらなくなったからくれたお古。この部屋にある家電は全てそんなものの寄せ集め。

少しだけ窓を開けてブラインドを引く。以前は丁寧に手入れされていたイングリッシュガーデンが目の前に広がっていた。でも、今は違う。

カラスがゴミ箱をつつき、その横に飲み過ぎて眠っているおじさん。アフター帰りなのかホストと客が仲良さそうに歩いている。
そんな様子を出来上がったパンをお供に観察。最初はこの光景にただただ驚くしかなかったが、慣れてしまえば普通の光景だ。
するとゴミ箱にいたおっちゃんがふらりと立ち上がり、うめく声。
また、朝から嫌なものを…。

すっきりした顔のおじさんはよたよたと歩いていく。ほんとすごい勢いだったなぁ。以前旅行でみたナイアガラの滝を彷彿とさせるその光景。まさかあの滝を見た時の感動が今の光景で蘇るとは当時の自分でも考えが及ばなかっただろう。
要は慣れだ。一端落ちるとこまで落ちれば人間吹っ切れるのだろう。慣れてしまえばどこにでもある食パンにマヨネーズを塗ったトーストでさえご馳走なのだ。

うん、おいしい。

ようやく作るのに慣れたインスタントコーヒーを啜りながら今日も目の前の現実に向き合うのみ。

早く、仕事を見つけないと。

終わりのない職探しにピリオドを。溜息をついていると携帯が振動する。こんな朝早くに誰だろうと思いながらも電話に出る。

「高城さん?」

「ハローワークの者ですが…。」

以前登録していたハローワークの職員さん。…とは言っても訳ありの私はその場で職を紹介されることはなく、厳しい現実を突きつけられただけだったのだが。

「え?面接ですか?」

人生とは本当にわからない。とにかく言えることは色んな所に種を撒いておくことだ。花が咲くかは別として芽がでてくることもある。

さて、今回はそれが花になるのか?

◆◇◆

ここか…。

屈強な男の人達が汗を流しながら働いている。私はどうしていいか分からず、目の前のプレハブ小屋を眺める。

真島組。

私は建設会社と聞いてたのだが、違うのか。どうしていいか分からず、とりあえず面接予定の時間が迫っている。目の前のドアをノックすると気の弱そうな男性が一人。

「面接の人ですよね?」

「はい。」

先程までの怪訝な顔から笑顔に。第一印象は顔で決まる。これは鉄則。…といっても今まで面接まで進んだ試しがないので披露する場所がなかったのだが。ここがどんな場所であろうとなかろうとここで決める。今はそれしかない。そう心に決めて一つ一つ質問に答えていく。

「じゃあ、高城さん、明日から来てもらえますか?」

「はい!」

目の前にいる少々頼りない人が神様に見えてきた。
苦節数か月。
ようやく、仕事が決まった。

でも、甘くないのが世の中。

「あ、親父、ちょうどいい所に。」

(親父…。)

嫌な予感がしつつも笑顔で振り向く。

「女体盛りチャンやないか!」

「げっ…。」

どうやら人生とは儘ならないことの連続だ。


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