旅行から帰ってきたら私はすぐに行動に移した。何かに急かされるように。自分の手元にある金額と相談しながら条件を告げていく。渋い顔をして不動産会社の人。この顔はすでにもう何度か見ている顔だ。

そう、高望みだと言いたいんだ。

ならば、はっきり言えばいいけれど、あちらさんも仕事。苦い顔のまま、PCに条件を打ち込んでいくだけ。

「じゃあ、新しい物件がでたらまた連絡しますね。」

「はい、お願いします。」

溜息混じりに参考までにと言われた物件情報の紙。ぺらぺらと捲りながらやはり現実は厳しいのだろう。こういう時にいつも自分の世間知らずな一面が顔を出す。でも、妥協は厳禁。じゃあ、何が絶対必要で何が要らないのか。それができないから今のこの現状を生み出しているのだろう。

「いいじゃん、風呂無しでも。」

温泉旅行のお土産を渡す為にきたカフェでの件の友人の一言。彼女は変わらず肝が据わっている。私よりもうんと多くのことを経験して学んでいるのだろう。

「それはさすがに…。」

「まぁ、まだ時間あるんだし、ゆっくり探せばいいじゃん。」

「いや…でも…。」

困っている私の顔をまじまじと見ながら笑う友人。そう、一番の原因は社長の件だろう。この前の温泉の一件以来何かひっかかるものがある。このままずるずると社長の家に居候しているのは自分を駄目にするようなそんな気がする。長く居すぎると居心地が良すぎて他にいけなくなるような。

「いいじゃん。そのまま住んでヤクザの情婦として生きていけば。」

「情婦!?」

友人は特に気にすることなく優良物件だよ、真島さんと言っている。物件って…。確かにヤクザという肩書さえなければ普通にいい人だと思う。ヤクザでなければ…。

「夜の世界ではほんと真島さん人気なんだよ。お店の女の子の扱いも慣れてるし、かといってアフターに誘ってもつれないから特定の人がいるんじゃないかってもっぱらの噂。」

「へぇ…。」

やはり、そうなんだといった印象。確かに特定の人がいてもおかしくなさそうな気がするがそんな気配は一切ない。友人からはそういう人いないのと聞かれて曖昧な返答になってしまう始末。社長のことは変わらず謎の部分が多い。

「椿、何か困ったことあったらまた連絡してきなよ。」

「うん、ありがとう。」

結局、久し振りに友人と会って楽しい時間を過ごしただけで今日は終わりそうだ。友人からはもう少しお金を貯めてから引っ越せばいいというのと今は物件の空きが少ない時期と言われた。要は今は引っ越さず大人しくしていた方がいいということ。

折角、やる気になったのになぁ。

出鼻を挫かれたような気分。頭の中ではこうしようああしようと思って綿密にシミュレーションを組んだとしても実際は違う。現状、自分ではどうしようもない。ただ焦燥感が募るだけ。

溜息を尽きながら今日はもう部屋でゆっくりしようと思う。都合のいいことに今日は社長はいないといっていたので何も考えずに寝よう。そう、眠ることはプライスレス。ついでに寝てしまえば一食分も浮く訳で。そうと決まればエネルギーを消費せずに最短ルートで部屋へと足を動かす。

ブーブー。

あと少しというところでポケットから振動。ディスプレイの表示には社長と書かれた文字。特に考えもせず、反射的に通話ボタンを押して耳に。

「高城チャン、今、暇か?」

「いや…。」

暇かと言われれば暇。けれど、今からこの行き場のない気持ちを落ち着ける為に眠ろうと思っていた。まだ眠るにはとうに早い時間だが。返答に困っていると社長は頼みがあるんやと一言。いつものふざけたトーンではなくその声は真剣だった。

「内容にもよりますけど…。」

「ちゃんとした仕事や。休日手当も出したる!」

休日手当!!

いくらになるのかは分からないが、瞬時にその言葉に反応してしまう。このまま断って寝てしまえば何も得られない。引き受ければ少しでも手持ちが増える。…となると。

「わかりました。私でできることなら。」

「ヨッシャ!助かるわ、高城チャン。」

待ち合わせの場所を聞いて電話は切れた。お金もそうだけれど、少しだけ思ったことがある。いつも迷惑を掛けている私。ちょっとだけでも社長の役に立てたら、恩返しができたらなんて。話をしながらふとそんな事がよぎり、断れなかった。

さぁ、社長の頼みとは?

目的の場所へと歩みを進めて歩いていく。



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