カビくさい匂いがする室内、歩けば長年の蓄積された埃が舞いブラインドから挿し込んだ光に反射してきらりと光る。部屋の中心には年季の入った長いソファーがひとつ。
ここが今の私の居場所。
ほんの数か月前の自分が見たら驚くような光景だが、慣れてしまえばここは城。
要は人とは置かれた環境で順応していくしかないのだ。
それでも今の切実な願い。
お金がない!!
今の寝床であるソファーから起きて残金を確認すると数えるほどの硬貨のみ。次のお給料日までは?そう、次があれば何とか凌げるのだが、生憎、現在の私は何にも染まらない女。そんな風にかっこよく言いたいものだが、要は無職という状態。
送る予定の履歴書にひとつひとつ封をして後でまとめて投函。そして一方にはまことに残念ながらと書かれた手紙の山。溜息をつきながら早く何とかしなければ。気持ちだけ焦って結果に繋がっていない今の状態。
気合を入れて新たな履歴書を書こうと思っていると携帯電話が振動する。表示を見なくても誰だかわかるのでそのままボタンを押して耳に当てる。
「椿?」
「どうしたの?」
この番号に唯一登録している相手からの電話。こんな時間に掛かってくる時は大抵単発の仕事の紹介が多いのできっと今日もそうだろう。
「何してたの?」
「履歴書、書いてた。」
「いい加減諦めなさいよ。」
「嫌!絶対、昼間の仕事に就く。」
「ほんと強情よね、椿は。」
夜の仕事なら簡単にお金が入るのにと言われる。そう、確かにそうなのだが、それは長く働ける仕事なのか?単発でやるのならいいのだが、どっぷりと浸かることに覚悟が足りていない私。要はまだ自分の中にある以前の白さを持っておきたいのだろう。
「そんな強情な椿チャンにお仕事をひとつお願いしたいと思います。」
いつも通りの少しふざけたテンションで話す友人。断るということもできるが背に腹はかえられない。それは机に置かれた硬貨が全てを物語っている。
「で、今回は何?」
「それはついてからのお楽しみ。」
そういって待ち合わせの場所を指定される。今日は彼女も一緒にくるようだ。時給は1時間1万円と高額。嫌な予感を感じつつもやっぱり先立つものはお金なんだなぁとしみじみ思いながら簡単に用意を済ませて外へ。
◆◇◆
「で、今日の仕事は何?」
先程から自分の周りには黒いスーツのいかつい集団がちらほらと。そして目の前に立てかけられた看板。
放免祝いと書かれている。何かのパーティーか。世間知らずの私には皆目見当がつかない。会場の中には先ほど見ていたいかつい人達が中に入っている。うん、嫌な予感的中。
「椿、黙ってにこにこしてお酌してるだけで時給が1万もらえるから我慢よ。」
「ねぇ、この放免祝いって何?」
友人はその質問に答えず、まぁ、終われば教えてあげるといって先を案内される。どうやら私達のように女の人が呼ばれているらしく受付に並んでいる。私達も列の後ろに。
「女体盛りガールズの受付はこちらです!」
威勢のいい声でそう告げられる。女体盛りガールズとは。今、並んでいる私達のことを指しているのか。やはり世間知らずの私は頭に疑問符が浮かんだまま。そして友人を見る。
「椿、まずいわね。」
割と危険な事は何でもしている彼女のいうマズイという言葉。それは普通の人からすると危険すぎるということを指している。
「えっ…?」
そして彼女は気づかれないように私の耳元で告げていく。
放免祝いというのはヤクザの出所祝いのこと。そして女体盛りというのは…。
「絶対、嫌!」
さすがにいくらお金に困っても身体を売るという選択肢までは考えていなかった。芸は売っても身は売らぬという訳ではないが、自分の中で残った僅かなプライド。
「バレないように逃げるわよ。」
さすがに友人もマズイと思ったのか、とりあえず会場を出てからあとで落ち合うようにしようという話に。2手に別れれば怪しまれないだろうと。列から離れると先ほどのいかつい男の人がどこに行く気やと声を掛けてきたのでお手洗いにと告げる。そして怪しまれないようにトイレまで行くフリを。勿論、出口を探すためだ。
それにしても広い会場だ。
所々迷路のようになっていて行けども行けども出口らしきものが見当たらない。もういっそのこと、トイレの窓から抜け出してしまおうか。そんな事をふと思っていると後ろから声が。
「いつまでトイレにいっとんねや。」
先程の男の人が息を切らして向かってくる。まずい。これは…。走って逃げる。そして一つ空いたドアを開けて一呼吸。
「なんや、ゴロちゃんに用事か?」
「げっ…。」
着替え中なのか上半身裸の男性が目の前に。さすがに世間知らずの私でもわかる上半身に綺麗に彫られたモノ。刺青。
にやりと笑うその男を前にこれはチェックメイトだと感じた。
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