ようやく待ちわびていた夏休み。
それなのに…なんで私はここにいるのだ!
溜息を尽きながら目の前の白いプリントと睨めっこ。
ただひらすら早く帰りたいと思いながら顔を上げるとこちらをぎろりと睨む眼。

「さっさとやったら早よ帰れるんやで。」

「わかってますよ。」

クソ!
顔はいいのに、優しさというものはないのか!?
そう思いながらプリント越しに先生を垣間見る。
外からは蝉の音、生温い風が吹き抜ける。

今頃みんなは海で遊んでいるのだろうか。
いいなぁと思いながら早く終わらせた方が得策か。ようやくシャーペンを握り、やる気を出す。カチカチとノック音をさせて書きこんでいく。

やっと終わった!
やればできるじゃん、私と思って先生を見ると椅子に腰かけたまま夢の中へ。ほぉ、可愛い生徒が頑張っているのに居眠りとは。まぁ、補修になっている悪い生徒だから仕方ないか。中々起きない先生をそっと覗き込む。

長い髪は後ろで縛り黒々とした艶。肌は陶器のように白くて鼻は外国人のように高い。そして左目には眼帯。ワイシャツとスラックスで何とか先生という体を成しているが、アウトロー感がでているのは否めない。見た目が功を奏しているのか生徒は勿論、島にいる女の人はみんな真島先生に惚の字だ。単に人気があるのは若い男の人が島に少ないのもあると私は思っている。
そんな真島先生は現在産休の館山先生のかわりに来ている国語の先生だ。産休が終われば真島先生はこの島からいなくなる。

そんな私は真島先生のことが好きか?と言われれば違う。多分、みんなが好きと言っているのは好きなアイドルや俳優を見ているかのような感覚だと思う。私は生憎そこまでミーハー根性がある訳ではないので一歩下がってその様子を冷めた眼で見ている。要は可愛げのない生徒だということだ。

「せんせ、終わったけど。」

「あぁ、悪いのぅ…。つい寝てしもたわ。」

そういってプリント渡して私は暇になったので窓の外の景色を見て、この後は海でひと泳ぎしようかなとそんな事を。結局夏だといっても島には娯楽が少ない。自然と戯れるくらいしかないのだ。だからこそ、憧れるんだ。都会に。

「高城は大学進学にしとったやろ。」

「そうですね…。」

なんで担任じゃないのに知っているのか。ミジンコ脳で考えた末の答えがきっと仲の良い担任の桐生先生に聞いたんだろうということに行き着く。真島さんにお熱の生徒の中には2人はひょっとしてそういう関係なんじゃと疑いの目を向けているが真相は誰にも分からない。そんな噂話に私は興味がない。

「ええ場所やのにわざわざ出んでもここやったら働き先はあるやろ。」

「まぁ…そうですね。」

そう、この島にずっといれば仕事がある程度あって適当に同級生と結婚して子供を産んで
といったこの島の模範のような人生を送れる。でも、何か違うと思っている。

「先生は都会育ちですよね?」

「せや。それがどうかしたか?」

「いいなぁ…。」

想像でしか見た事のないおしゃれなカフェ、並木道、流行りのスイーツ、可愛い服。都会は夢と希望が詰まっていると思う。そして可能性も無限大。

「高城が思うほど、ええもんちゃうけどなぁ。」

そう話して全部合っとったでとプリントが返される。シャツのポケットからいつも吸っている煙草に火を。校内は禁煙ですよと言いたくなる気持ちがあったのに言葉が出ない。見惚れてしまうその姿。その顏はどこか哀愁があって趣のある顔。どういう経緯で真島先生がこの島にきたのかは分からないが、おおよそ良い事があった訳ではないのは安易に想像できた。

「じゃあ、先生はずっと島にいるの?」

「いや、館山先生が戻ってきたら戻るで。」

「ふぅん…。」

なんだかんだいって戻ってしまうのだ。結局島では他所者は他所者。受け入れられるのは時間がかかるし、人間関係も面倒だ。朝にちょっとした事件が島で起きると昼には全ての島民が知っているようなそんな筒抜けの状態。都会の淡泊な人間関係に慣れている人からすると驚いてしまうだろう。

「本気で進学するんやったらもっとやらなどこも受からんで。今の高城の成績やったら。」

「…はい。」

おっしゃることはごもっとも。夢だけもって努力が足りない現状。あと1年で3年になるのだからそろそろ本腰を入れなければいけない。

「お金はあるんか?」

「はい?」

「ただ大学に通うんやなくて生活するのにも都会はお金がかかるで。」

「それは大丈夫です!お父さんが大物釣ってきてくれる筈なんで。」

「高城の家は漁師か?」

「そうですよ。」

まぁ、釣れればの話。無理ならば奨学金を受けてバイトをするというのが現実的。こう見えても少しは調べている。

「そうか…。ほんなら精々、頑張るんやで。」

「ありがとうございます。」

そう話して帰る支度を。帰る前に真島先生に呼び止められる。

「何ですか、これ。」

「使ってない参考書や辞書や。ちょっと古いけど今でも問題なく使えるから使うんやったら使ったらええ。」

「あ、ありがとうございます。」

そう話して真島先生は私の頭をポンと叩く。思ってもみない優しさに触れて調子が狂う。去り際の先生の背中をただじっと見つめ、かっこいい大人だなぁなんてそんな柄にもないことを。いつもはそんな事を決して思わないのに。どうやら夏の日差しに当てられたせいなのかもしれないとそんな言い訳を。









まだまだ暑い日は続く。それでも夜はもう秋の気配が見え隠れしていて随分過ごしやすくなった。今日は夏休み明けの登校日。
どこに行ったやら誰といい感じになったとか年頃の興味の引く話で盛り上がる。そして一つの話題になった途端、私は驚いて顔を上げる。

「今日から館山先生、戻ってくるらしいよ。」
「まじで!じゃあ、真島先生は!!」
「夏の間に出ちゃったらしいよ。」
「嘘!私、まだ先生に告ってない!」

口々に女子達の悲痛な声。
私はといえば…まだ突然の事でまだ脳内が追いついていない。あの夏の補習の後に先生はいなくなったのか。ひっそりと。よくこの小さな島で誰の目にも触れることなく出たものだと思いながら最後に見た先生の背をじっと瞼に焼き付けていた。
その後は何事もなく普通に館山先生が戻ってきて男子達が嬉しそうに。一方の女子はお通夜状態。そんな一日が過ぎて自宅に戻って机の上を見る。

真島先生からもらった参考書や辞書。
結局、夏の間に一切手をつけなかった。
パラパラとページを捲っているとはらりと落ちる紙きれ。

[ちゃんと合格したら待っとるで。神室町で。]

見覚えのある字。
何度も読み返しては意味を考える。
答えはひとつしか考えられない。

ようやく夏が終わって秋を迎える頃。

私は机に向かうことにした。
そう、目標はひとつ。

[無事に大学に受かって先生にもう一度会うこと]

キラキラしたネオンにきっと似合うんだろうなぁ、真島先生は。
そんな姿を見て見たい。
そんな事を思いながら私はただ机に向かって勉強するのみ。
自分の中に生まれた愛をそっと育てながら。



煌めく世界ときみ




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