「椿チャン、この後時間あるか?」
「大丈夫ですよ。」
もうチャンのような可愛い年齢ではないのにいつも真島さんはこんな風に1人の女の子として扱ってくれる。外に誘うなんて珍しいなぁと思いながらも長い付き合いなので今更色事なんてない。そう、いい友人の1人として隣りを歩く。私が細々と店をやっている間に真島さんはどんどんヤクザとして上に上がっていた。街を歩くチンピラの輩が道を開けていくのを見てそんな事をふと。当の本人は気にすることなく悠遊と歩いている。
「ここって上がって大丈夫なんですか?」
「俺がええって言うとるから大丈夫や。」
いつもよりも綺麗な星が今日は見られるらしい。そんな訳で連れてこられたのはミレニアムタワーの屋上の更に上。関係者以外立ち入り禁止と書いてある看板を無視してそのまま階段を上がっていく。
「どや。すごいやろ。」
「そうですね…。」
身体に当たる風が強すぎてまだ上を見上げることができない。そんな私に気づいて真島さんは私に風が当たらないようにそっと横に。優しい人だ。そう、とっても。そんな事を思いながら見上げるといつも見ているよりも綺麗な星がちらほらと。
「…綺麗。」
「そうやなぁ…。」
なんだろう。妙にロマンチックな気分になる。相手が真島さんなのに。いや、違う真島さんと一緒だからだろう。ずっとずっと秘めていた気持ちがそっと零れ落ちそうになるのを必死に隠す。良かった。ここが暗い場所で。そんな事を思う。
「あ、流れ星や!」
「え?どこですか?」
それは一瞬だった。私が星を探そうと上を見上げると視界が黒に。キスされたと思ったのは目を開けた瞬間に真島さんと顔を合わせた時。驚きと動揺で言葉にならない。本当に狡い人だ。こんな時にこんな場所で突然するなんて。ずっとずっと必死で抑えていたのに。簡単に友人という関係をこんな風に呆気なく壊すひどい人。
「椿、好きや。」
そう、こんな風に簡単に言葉にしてしまう。嬉しい筈なのに私はどうしていいか分からない。素直にその手を取ればいいのにやっぱり頭に過る記憶。大切なモノが手から零れ落ちるあの恐怖。
「私…ごめんなさい。」
零れ落ちそうになる本心を必死に抑えてその場から逃げた。自分の気持ちからも真島さんの想いからも。
その日、真島さんは神室町から消えた。完全に。
◆◇◆
どうせ同じ後悔をするならしてしまった後悔の方が良かったと気づいたのはそれからだいぶ後だ。またいつものように何にもなかったように真島さんは必ず店にくると思っていた。でもいつもよりも空白期間が長いと感じ始めたときに街に異変が起きていた。
私が情報を掴んだ時には真島さんは街から姿を消していて東城会もなくなっていた。今までとは確実に違う。そして思う。きっとこんな風になるのではないかと真島さんは予期していたのではないかということに。
だからこそ、あの時、私に対してあの言葉を投げかけたのでないかということ。
生きているのか死んでいるのか。分からないまま私はただこの神室町で待つしかなかった。今までのようにちょっと忙しかったんやと何もなかったように店のドアを開けてくるのを期待するしかできなかった。その間に季節は移り変わり、いなくなってから2度目の夏を迎えようとしていた。
私はとうとう待つことだけで満足できなかったのだろう。
カンカンと靴音をさせてあの時を思い出すように私は階段を1人登って行く。いる筈がないあの人の亡霊を見る為に。常連さんからは今日は流星群が見られると聞いていた。幻でもいい。あの時の時間を取り戻せたらなんて絵空事を思いながらあの時と同じように空を見上げる。
あの時の空はもっと綺麗だった。あの時は雲一つなかった。そんな思い出と重ねても1人。変わらなかったのはあの時と同じで吹き付ける風が強いこと。今日はより一層それを感じさせる。だって今日は1人。
地べたに座りこんでただ星を眺める。涙が零れる。暫くしていると目が慣れてきたのかちらほらと光る星達。もし生きていたのならば真島さんもどこかでこの夜空を眺めているのだろうか?そんな事を思っていると見ていた星がすっーと動いて流れる。
流れ星。
まさに一瞬だった。
願いごとなんてできる隙もなかった。
私の願いはただ一つ。
“もう一度真島さんに逢いたい”
ただそれだけ。でも、やっぱり無理だったようだ。
今まで細く長く続いた縁も切れてしまったようだ。
夏といえども夜は涼しくなってきた最近。夜風にあたりすぎたせいで身体が冷たくなったのを感じてそろそろ帰ろうと思う。まるで夢から醒めたような感覚。ようやく現実に向き合える気がしていた。そう、もうあの人には会う事はないということに。
来た時と同じように戻ろうとするとカンカンと靴音がするのが耳に入ってくる。その音が近くなるにつれて私の鼓動が速くなる。期待したいけれど裏切られた時のことを考えると怖い。そう思いながらも私はその場から動けず足音の主を見るまでは帰れない気持ちに。
「…真島…さん?」
「ここにおったんか?椿チャン。」
何にも変わってなかった。いつもと同じ。何にもなかったように変わらず。もういい歳なのに変わらず私の事をチャン付けで呼んで少しの笑みを含んで私を見ている。
色々何かを言っている声が聞こえるが、私は構わず走ってそのまま真島さんの胸に飛び込む。さっきの冷たい涙とは違う暖かい涙が頬を伝う。
「真島さん…私、ずっと好きでした。」
そうだ。大切な言葉は生きている内に言わないと意味を為さない。ずっと決めていたこと。今度会ったら絶対に言おうと思っていた言葉をやっと言えた。
「遅いわ。ゴロちゃん、待ちくたびれたで。」
「ごめんなさい…。」
気にしてへんと言いながら私の顎をすっと掴んで口づけを一つ。息も絶え絶えになるその深い口づけは真島さんなりの怒りの証なのかもしれない。
長く遠回りした縁は一本の糸になって繋がる。
たくさんの星が流れ落ちる下でようやく私達は結ばれた。
夜空の下で
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