楽しい時間はいつも一瞬。
出逢えただけで満足だった筈なのにいつの間にか自分だけを見て欲しいなんて思ってしまう。

いつも人は欲深い生き物だ。

「ほな、今日で接客練習も最後やな。」

「はい…。」

この時間が止まって永遠になればいいのになんて思った所で現実は変わらずいつも通り楽しい接客練習は終わりを告げる。曇った私の顔を心配そうに見る支配人。本当はいつものように笑顔でラストを飾りたかったのに隠していた恋心はこんな風に顔に出てしまう。

「そない落ち込んだ顔してもっとしてほしかったみたいやのぅ…。」

「えっ…。」

本当はそうですと即答したいけれど言えずに膝に置いた手元をぼんやり見る。どうやら困らせてしまったようだ。折角支配人に個人練習をつけてもらったのにこんなんじゃいつまで経ってもユキさんのようにはなれないと思う。

「せや、そしたらなんか俺にして欲しい事はないか?」

「して欲しいこと…。」

レッスンを最後まで頑張ったご褒美やという支配人。たくさん色んなことが頭に浮かぶがどれも支配人を困らせてしまいそうになって躊躇する。すると遠慮せんでええでと一言。
悩んだ末に出した言葉がこれだ。

「支配人、明日の夜、一緒にお祭りに行きませんか?」

「そないなことでええんか?お安い御用や。」

ちょうど明日はお店が休み。そしてちょうど明日は蒼天堀で小さなお祭りがある。昔から夢だった好きな人とお祭りに行くという細やかな夢。明日1日だけ。その1日だけをもらえればそれだけで良かったんだ。

◆◇◆

「遅くなってすみません…。」

「おぉ、椿チャン!」

いつものように名前を呼んだあと、黙り込む支配人。やっぱり変だったのかなぁ。久し振りに1人で着付けをしたからどこかおかしなところがあったのかなぁと思っていると思いも寄らない言葉。

「ごっつ、可愛いやないか。」

「……………。」

今度は私が黙ってしまう番。赤くなりそうな顔をそっと団扇を扇ぐフリをして隠す。嬉しいけれど恥ずかしい。そして思うこと。これは他の女の子にも言っている筈だ。そう、あなただけが特別じゃないのよと悪魔の囁き。

「ほんなら行こか。」

差し出された大きな手。いつものお店での支配人と違う大胆さに驚きながらもその手を握り返す。支配人は満足そうに私の手を取って祭の中に。

「けっこう賑やかなもんやねんなぁ。」

「そうですね。」

毎年しているお祭りのようだが、通りかかるだけだった。いつか好きな人と来たいなぁとそんな淡い気持ちを抱いて。そして今、その夢は叶った。でも、叶った後は?ふと過る嫌な気持ちをそっと隠すように屋台を前にはしゃぐフリをする。

「支配人、金魚すくいしませんか?」

「おっ、懐かしいのぅ…。」

壁すくいのゴロちゃんって呼ばれてたんやでと言う支配人。ん?と思っているとポイを片手に金魚を壁にうまく追い込んでどんどん椀に入れている。屋台のおじさんは困った顔に。
私は…というとすでに一匹も取れず、ポイが破れた状態。

「兄ちゃん、そのへんにしといてくれへんか!」

「おぉ、すまん。つい、マジになってもうたわ。」

「支配人、どうするんですか。そんなに取って。」

「好きな金魚と交換しますよ。」

「じゃあ、椿チャン、好きなん選び。」

そう言われて泳いでいる金魚を眺める。赤や黒の金魚が泳いでいる。その中で気になった1匹。

「なんや、こんなひょろい奴で良かったんか?」

「これでいいんです。」

黒色のちょっと弱っていた金魚。なんとなくそれは支配人に似ていた気がしたからだ。時々ふとした時にみる悲しそうな目をする支配人に。持って帰れるように渡してもらった金魚。さて、どうしよう…。

「とりあえず、店にバケツあったからそこに移したろか。」

「そうですね。」

必要なものは後日買ってそれまではお店に置かせてもらうことに。そんな訳で一端お店に行こうということになってお店へと向かう。カランコロンと下駄の音と支配人の靴音だけが辺りに響く。さっきまでの祭の賑やかな感じと打って変わってとても静かだ。

「これで、大丈夫やろ。」

「そうですね。」

お店のおじさんに教えてもらったように金魚を移し替えると元気になっている金魚。近くのディスカウントショップで飼った餌をあげるとパクパクと口を開けて食べている。

「ほな、戻ろか。」

「そうですね…。」

そう言いかけた途端、急に店内が真っ暗に。停電?そんなことを思っていると外から鳴り響く轟音。雷なのか。思わずびっくりしてそのまま座り込んでしまう。

「椿チャン、大丈夫か?」

「支配人…。」

そういって暗い中から支配人出て来て私をそっと抱き締める。そう、これはあくまでも心配しているからだ。キャストの1人として。でも、私は違う。自分の今の鼓動の音が聞こえてしまうのではないかと心配になってくる。そんな事をしている内に店内の明かりがついてまた鼓動が跳ねる。暗かったことで分からなかった私と支配人の距離。それはキスの前の距離のような。

「椿チャン…。」

その甘く低い声に私はもう完全に駄目になっていたのだろう。そっと近づく支配人の顔。そして触れる唇。もう無理だ。自分の気持ちに嘘をつけない。だってずっと好きだった。そう思ってしまったら歯止めが利かなくなって私は自分から次を求めるように口づけていた。支配人が告げた雨宿りしていこかという言葉を言い訳に。

雷と共に雨も降ったようだ。控室で静かに寝ている支配人を起こさないように外に。そしてバケツを手に。少しだけ皺になった浴衣に身を包み、私は家へ。まだ身体には昨日の情事の感覚が色濃く残っている。まだ夢の中にいるような感覚だ。そんな夢から醒めた現実は残酷だ。後からどんどん後悔が押し寄せてくる。次を欲しがったりしなければ今まで通り支配人とキャストという関係で甘んじることができたのに。もう、元には戻れない。きっともうこの店には来ないだろう。そんな風に思いながら正面に映るサンシャインの看板を最後に目に焼き付けた。


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