今日が絶好のタイミングだと思ってた。だからこそ、決めたかった、伝えたかった。
結果はどうあれ。

「すまない、椿。お前の気持ちに俺は応えてやることはできない。」

わかっていたことだけどその答えを本人から聞くとじんわりと胸に広がっていく痛み。黙ったままの私に桐生さんは大丈夫かなんて心配を。そういうところなんだ。私が好きになった理由は。それでも今はこの好きだった優しさが皮肉にも私の胸の痛みを広げていることなんてきっと気づいていないだろう。

「…ちょっとしてから戻るんで先に戻っておいてくれませんか。」

「あぁ…。わかった。」

そういって靴音が静かに小さくなるのを聞いてその場に座り込んで耐えていた涙がポタポタと地面に。やっぱり辛いもんだ。いつでもそう。恋している瞬間は楽しいのに、それが報われなかった時はいつもこうだ。それがわかっているのに人はまた誰かを好きになる。本当に不思議な生き物だ。

「そんなとこにおったんか。」

「…………。」

顔を上げなくても誰だかわかる。私の横に静かに座り、ライターの音が。いつもだったら揶揄う言葉を言ってくる筈なのに黙ったまま煙草を吸う音だけが隣りからしている。要らぬ気遣い。全てわかっているくせに。真島さんに苛立ちをぶつけても何ら意味がないのに苛立つ気持ち。

「早よせんと南のキャンプファイヤー終わってまうで。」

「…いいです。」

悟られないようにいつもよりも低い声で答えるとそうかと一言。いつもみたいに言えばいいじゃないか。また苛立つ気持ち。今はそう、優しくされたくないのだ。
本当に私の周りにいる人は優しすぎるんだ。桐生さんも精一杯私を傷つけないように言葉を選んでくれていたし、今、私の隣にいる真島さんもそうだ。私の気持ちを知っていて今日の集まりを計画してくれた。桐生チャンと仲良くできるチャンスやでと組のBBQに私と桐生さんを呼んでくれた。全てお膳立てされていたのに。
結果は全て駄目で結局桐生さんにもあんな風に心配させて今は真島さんを困らせている。今日の私の行動は突っ走りすぎたんだ。今日は最高のタイミングではなかったのだ。

「…真島さん、すみません。あと少ししたら行くんで暫く一人にしてもらえないですか?」

「…………。」

真島さんからの返答がないので恐る恐る顔をあげてみる。いつものようにおちゃらけた顔ではなく真剣な顔。そして私の顔をじっと見る。また、気持ちが沈んでくる。真島さんにもこんな顔をさせてしまったということに。

「椿…。」

いつものチャン付けではないその呼び方。その艶のある低い声で呼ばれて私の思考が止まる。手袋越しにそっと涙で濡れた目元を拭われる。私はただただその様子を狼狽えながらじっと見ているだけ。

「親父!そろそろ花火やりますよ!」

「あぁ、わかったわ。」

組の人の声が後ろからして真島さんは行くでと私の手を掴んで立ち上がる。気まずくなった私は思わず手を離して自分で歩けますからと告げる。そうか…と言いながら真島さんは再び先を歩いている私を呼び留める。

「何ですか!もう!」

そう、いつものような感じに戻したかったんだ。いつものような何気ない冗談などをいう感じに。でも、違っていた。
後ろからは組の人達がはしゃぐ声が聞こえている。そしてもう始まったのか打ち上げ花火の音がパンっと鳴ったのが聞こえる。

視界はゼロ。

そして唇に触れる柔らかい何か。

それは一瞬。

「ほな、先行くで。」

いつの間にか私の先を歩く真島さん。まるで何事もなかったかのように。私の中では一大事になっているのに。
さっきまでじんじんと広がっていた胸の痛みは治まって今は別の痛みを感じ始めている。
それはまだ名もなき感情。
前を歩く真島さんの背中がいつもよりかっこいいと思ったのはきっと夜のせいだと自分に言い聞かせて。

いつの間にか、零れていた涙は乾いていた。



喧騒に紛れてキスをした




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