結局自分に残された道はそう多くなく、夫の店を1人で切り盛りしていくことだけだった。慣れないお酒を口にして、常連さんとの会話をして、店を閉めてまた店を開ける。ぽっかりと空いた喪失感はお酒が全て埋めてくれた。きっと自暴自棄になっていたんだと思う。いっそのことこのままお酒に溺れてそのまま眠ってあの人の所にいけたらいいだなんて淡い夢を抱く。
そして今日も同じことの繰り返し。開店準備も早々にカウンター越にぼんやりと外の景色を。するとドアがからんと音を立てる。
「この店のオーナーか?」
「そうですけど…。」
見るからに柄の悪そうな男が2人。この街ではそんな輩も多いので気にしたことはないが、いざ目の前にするとこのカウンターから出ることを拒む自分自身。
「何か用ですか?」
震える手をそっと隠しながら動揺を見せないように話をする。そう、弱みを見せたら負けだ。すると男の1人が下卑た笑みを浮かべ金や金と言っている。みかじめか…。そう思いながら夫の時はどこかの組に支払っていたことをふいに思い出す。
「あのどこの組ですか?」
「なんや、わしらを知らんのか?わしらは…。」
そう話しているとまた目の前のドアがカランと音を立てる。思わず声が出る。そして笑う目の前の男。さっきまで偉そうにしていた男は目の前の男にひたすら頭を下げている。
「真島さん…。」
「ようやく名前覚えてくれたようやのぅ…。椿チャン。」
いつの間にか手の震えは収まっていてやっぱりこの人は不思議な人だ。そんな事を思っていた。
◆◇◆
「ウチの若いモンが迷惑掛けたようやなぁ。」
「いえ…。」
先程店にいた男2人は真島さんの叱責により、早々に店を後に。どうやら真島さんの組の下のものらしい。やはり、真島さんはヤクザでしかもかなり上の人なのだろう。初めてみた時から感じていた只者ではない雰囲気を感じ取って納得する。
静かになった開店前の店内。どうしていいか分からなかった私が出た言葉がお酒飲んでいきますかとありきたりな言葉。真島さんはそれやったら飲んでいこかと一言。生憎限られたお客さんしか入れない小さな店舗。店の外にあったプレートをCLOSEにして再び店の中へ。
お酒を出して少しずつ話をしている内になんでこないな所で店やってるんやと言う話に。私は意を決して淡々とこの1年程の話を。真島さんはただ静かに話を聞いていた。
「そうか…。そないな事情があったんやな。」
さすがに素面で語るにはまだ辛かった私は話をしながらお酒を片手に。誰かにこの事を話したのは初めてだった。やはり不思議な人だ。すーっと自然に自分の中に入り込んで不快感などない。そして話したことで随分気持ちが楽になっていた。
「ほな、また来るで。」
話終わった重い沈黙を切るような妙に明るい声。はっとなってそういえばみかじめはいいんですか?と聞くとええんやと返ってくる。
「でも…。」
私はカウンターからお金を取り出して真島さんに手渡す。真島さんはええんやと言って突き返される。痺れを切らした真島さんはじゃあ、受け取ったでと一言。そして背を向けて手を上げて外に。
それからまたすぐに真島さんは店に顔を出すようになった。そしてお会計の際には私が渡したみかじめを遥かに超えるお金を置いて。困りますと伝えると真島さんは必ず言うのだ。自分は客やから正規の料金を払っただけやと。本当に不思議な人だ。
それでも私は一つ決めていたことがある。
もう、誰も本気で好きにならないということを。
亡き夫に誓っていた訳ではないが、自分の中での静かなケジメ。きっとどこかで感じていたのだろう。もう大切な人を失いたくないということを。
だからこそ、私と真島さんの関係は不思議な程、ただの友人の儘だった。
だからこそ、細く長い妙な縁で繋がっていたのだろう。
長く店に通ってくれる中で真島さんにも当然お付き合いしている人もいたし、私も本気にならない相手がその都度いた。それはお互い知っていたし、時にはその相手の話もしたりした。不思議なくらい真島さんの前では飾らず自然に会話をしている自分がいた。
きっと彼の世界で言うならば兄弟という関係性がとてもしっくりくるのかもしれない。妙に納得のいく言葉で本質を隠していたんだろう。もう、傷つきたくなかったんだ。
そんな妙に長い関係性の中で何度も真島さんが店に来ないこともあった。街の噂では死んだ、警察に捕まったなどその都度胸をぎゅっと掴まれるような感覚になった。心配した所でどうにもなる訳がないのに。その心配がピークに達した時に私の前に現れる。何度でも。何にもなかったように自然に。
「ちょっと忙しかったんや。」
そんな軽い言葉で。だからこそ私も深入りはしない。お互いの空白期間の話をただするだけ。だからこそ長く付き合えたんだと思う。
でも、今回はさすがに違ったようだった。
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