「よく懲りずに来ますね。」
「俺はきっちり約束を守る男やで。」
真島吾朗。
我が物顔でベッドに座り、煙草をふかす男。
左目には眼帯、そして今日も一張羅のパイソンのジャケットからは綺麗に映える刺青。
更に背中にかけて入っている般若の和彫はその筋の証でなかなかのものだ。
…とまぁ、私が知っているこの男のことはそれくらいだ。
ほな、また来るわと一言言って出て行った男はその後すぐに家に来た。…正確にいうと家の前にいたり、時にはベランダにいたりと神出鬼没だ。この前だと寝ている間に入ってきて起きたらいたといったこともあった。
さすがに私もこの男に対してうんざりする気持ちが上がってきた。
でも下手に行動してこの男がいうことを聞くのかと言われれば従わないと思う。
それくらいは今のこの男を見ていてわかることだ。
「今日はどうやって入ってきたんですか?」
ちなみにこの男には家の合鍵を渡していない。
「それはな、鍵をちょちょいのちょいや。」
溜息を尽きながらその行動力は別の所で使ってほしいもんだと思う。
やはり、ここはきっちり言っておいた方がいい。
「真島さん、勝手に来られるのは困るのでこれを渡します。」
目の前に出す鍵。
それをひょいと掴もうとするのを制する。
「なんや、くれへんのか?」
「条件があります。」
「何や、条件っていうのは?」
一、勝手に家には入らない。来るのは水曜日の夜
一、キスはしない
一、余計な詮索をしない
紙に書いた文字を見る男。そして告げる。
「これが守れるなら鍵は渡します。どうしますか?」
面倒な女と思ってもらえればこれ幸いだし、条件を飲むなら私としても御の字だ。
さて、この男はどうするのだろうか?
「なんやそれやとゴロちゃんにフェアじゃないやろ。」
「はぁ?」
なんだ、そのゴロちゃんとは。そう思っていると吾朗やからゴロちゃんやとご丁寧に説明をしてくれる。
「じゃあ、これやったらどうや?」
置かれた紙に文字を書く男。なかなか綺麗な字だなぁと思って眺めてから後悔。
一、半年以内にゴロちゃんの女になるかどうか決めること
「私、特定の人は作らないっていいましたよね。」
「でも、おるんやろ。惚れとる男が。」
そう言われて私の顔は歪む。
そう、いる。
大切な人が。
「私はその人に気持ちを伝えるつもりはこれからもないです。」
「なんや、逃げとんのか?」
「何がですか?」
自分の気持ちからやと言われて閉じられている蓋が開けられるようにじわじわと胸が痛む。この男の嫌な所はこういう所だ。まっすぐな所。
「どっちかにせいや。その男と付き合うか、俺と付き合うか。」
いつの間にか私の方が追い込まれていてさっきまでのふざけたテンションではなく真面目な顔で私の顔を見る。その眼で見られると何も言えなくなって黙ってしまう。
そしていつも私の手元の有効なカードはなくなる。
「………わかりました。」
「そしたら交渉成立やな。」
さっきまでと違い、イヒヒと笑って鍵を手にする男。
この男の女にはなりたくない。
じゃあ、気持ちを伝える?
ぐらぐらと揺れる気持ち。
結局は男の良いように事が動いている気がする。
「椿、こっち来いや。」
黙ったまま睨むと私の腕を掴んで胸元に落とされる。
唯一この男の良い所。
それは筋肉質のその身体。
鍛えられた身体は嫌いじゃない。
そう、それだけ。
「ほんま、抱いとる時は素直やのにのぅ…。」
「うるさいですよ。」
そういってキスしようとした男の口を手で塞ぐと男は笑う。
不思議な男。
好きにはならない男。
それでも何だか今までの夜とは違って随分自分はおしゃべりになっていて気分は優れている。以前よりは。
「ちょっと!見える所にキスマークをつけないでください!」
「ええやんか、ちょっとくらい。ケチやのぅ…。」
やっぱりこの男のことは好きになれない。
でもこの男との情事は嫌いではない。
そっと目を閉じながらあの人は情事の時はどんな顔をするのだろうか?そんな事をふと思いながら今日も夜が過ぎていく。
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