二兎を追う者は一兎をも得ずという言葉にあるように私は器用な方ではない。
それは仕事しかり、恋愛しかり。
そして現在私は仕事に邁進中といった所だ。

1月は休みがあったりと思ったよりも売り上げが伸びなかったこともあり、勝負は2月と決めていた。そして半年前から今年のバレンタインの企画などを練っており、今年はいい感じになりそうだ。やはり準備というのは早めにしておいて良かったと思う今日この頃だ。

「じゃあ、今年のバレンタインはこんな感じにやっていきたいと思います!」

スタッフにスケジュール等を話してミーティングは終了。
今年のバレンタインは有名パティシエとのコラボのパフェ、チョコを置いたり、ここ最近話題になっている女子会プランなどを設置。なかなか予約の方も上々であとはバレンタインを迎えるだけ。

そしてもうひとつやっておくべきこと。
当日、お得意様に配りにいくチョコ選び。
高くもなく安くもなくといった丁度いい具合のチョコを選ぶ現在。
あ、これがいいかなとちょうど良さそうなチョコを見つけて買い込んだはいいが、両手がかなりの量。これはタクシーで帰った方がいいかもしれない。そんな事を思っていると背後から自分の名前を呼ぶ声が。

「あ、やっぱり、椿チャンだったのね!」

「ママさん!」

今日も変わらず華やかで綺麗と思っているとママさんは嬉しそうに真島さんのチョコでも買いにきたのかしらと一言。

「……………。」

わ、忘れてた!!

声にならない叫び声とムンクも驚くくらいの叫ぶ顔を今、自分はしているんじゃないかと思う。ママさんは私の表情に驚いてもしかして?という顔をしている。

「まぁ、まだ当日まで時間はあるしね。なんか困ったことがあれば言ってね!」

じゃあね!と颯爽と歩いていくママさん。
そして私は再び、現実に戻る。
どうしよう…。
いや、まだ時間はあるし、大丈夫と思いながらも売り場に戻ろうかと考えて今の自分の状況を思い出す。うん、今日はもう無理だなということに。
やはり、自分は器用ではなく不器用だなということを再確認しながら家に戻る。

「何や、エライ荷物やったんやなぁ。」

迎えに行っても良かったんやでと言う真島さんの声にタクシーで帰ってきたんで大丈夫ですよと告げる。そしてこの大きい紙袋。暖かい場所に置いていたら溶けてしまうので空いている部屋に持っていこうとすると背後に気配。

「ゴロちゃんのチョコは特別なんやろなぁ。」

その低く艶のある声でそっと囁かれて思わず動きが止まる。
そして忙しくてまだ準備していませんとは言えずどうしていいか分からず黙ったままでいると耳にそっと息がかかる。思わず声をあげると真島さんはイヒヒと笑っている。
そのまま服越しに慣れた手つきでいやらしく私に触れて嫌な予感を感じるが時すでに遅し。

「義理でも他の男に椿がチョコあげるのは頂けんのぅ…。」

「…仕事ですからね!」

そう話ながらも真島さんは私の口を塞ぐ。
そして私の脳内では真島さんへのチョコをどうしようということでぐるぐると。

「何や、別のこと考えとるやろ、椿。」

今日はえらい余裕がありそうやからたくさんできそうやのぅ…と言う真島さん。完全にまずいことになったと思いながら元を正せば自分が原因なのかとまたぐるぐると回るが結局は真島さんに絆されて何も考えられなくなってしまう。

バレンタインまであと1週間のことだった。

◆◇◆

仕事の方はあとは当日を迎えるのみとなった所でようやく真島さんのチョコを考えようと思い、さて、何をしたらいいのか考えて、考えて…答えはでない。

そもそも、真島さんはチョコが好きなのだろうか?
手作りといっても一緒に住んでいるのでいつ帰ってくるか分からない状況で作るというのも何だが味気ない。
そして料理同様お菓子なんてもの一つも作ったことがない私。

完全に準備不足。
そして情報が足りない。

好きだからこそちゃんとしたことがしたいと思えば思うほど何をしていいのか分からなくなる。
思い悩みが進むと真島さんのことをまだまだ知らないんだなぁという現実に直面して気が落ちる自分。

うん、このままじゃ、駄目だ!

今日はバレンタインまでの最後のお休み。
そして今日は偶然にも真島さんは夜まで帰ってこない。

今日が勝負!

とりあえず、プレゼントは買えたしチョコは部屋で調べながら考えようかな。必要になれば近くで買ってきて作れるし。そんな事を考えながらエレベーターに乗り込むと見知った人物が

「椿さん、お久し振りです。」

「こちらこそ、お久し振りです。」

西田さんは変わらず真島さんの話を私に。
そしてふと思う。
西田さんに聞いてみるのがいいかも。

「あの、真島さんってチョコ好きなんですかね?」

「チョコですか?親父はどうなんですかね…。あ、でもバレンタインには毎年結構もらってますよ。親父、かっこいいですからね。」

「………そうですか。」

お役に立てずすみませんと西田さんは先にエレベーターを降りて私も自分の降りる階になったので降りる。

部屋に着いてプレゼントは自分の部屋の隠し場所に置いてほっと一息。
そして思う。
やっぱり、聞かなきゃ良かった…。
今年も真島さんはたくさんもらってくるのかなぁと。
作ったこともない私のチョコなんておいしくないし、きっと他の人からもらったチョコの方がおいしいはず。
いつもこんな気持ちになるのは1人の時で真島さんがいるとこんな気持ちにはならない。そして1人でいるとどんどん気持ちはネガティブになってうまくいかない。

結局、その日はチョコを作る気持ちには到底なれず、折角の休みなのに気を紛らわせる為に仕事をすることでもやもやとした気持ちをそっと抑え込む。



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