「じゃあ、今日は一旦ここでお開きだ!あとは好きなようにしてくれ。」
まったりとした空気のサバイバー。春日さんのお開きの声ではーいとみんなほろ酔い気分で次はどうしようと各々が話をしている。帰る支度をする人もいて今日はここで終わりになりそうかなとそんな事をふと。
「椿、この後どうする?」
「わっ!」
急に耳に低い声が聞こえて思わずスツールから落ちそうになるのを何とか持ち応えていると声の主である趙さんは笑っている。
普通に考えればこの後は家に帰って寝たいというのが本音。今日は久しぶりに飲み過ぎたせいか酔いと眠気が襲ってきている。このまま今日はサバイバーの2階で寝たい気持ちも山々だが、他の人もその考えのようだろう。すでに2階に上がっている人もちらほら見える。
「今日はウチに来ますか?」
「椿がいいならそうしてもいい?」
「いいですよ。そうだと思って片付けは一応しておきました。」
「なら、行こっか。このまま居たらここで寝ちゃいそうだしね。」
「そうですね。」
立ち上がり、荷物を取ってコートを羽織る。会の主催である春日さんに帰りますと一声掛けると今日はありがとなと言っている。今日はクリスマスということで春日さんはサンタの恰好をしていてとても似合っているなぁとそんな事を改めて思いながら、先に外に出ている趙さんの許に急ぐ。
「家に帰る前にコンビニ寄って帰ります?」
「うーん。そうだねぇ。」
趙さんは少し悩んだ様子で私を見ている。どこか行きたい所でもあるのかと思っているとと、趙さんは私の手をそっと掴む。
「あっ…。」
「嫌だった?」
「嫌、そういう訳じゃないんですけど…。」
付き合っているのだから当たり前なんだけれど、未だに慣れなくて恥ずかしい気持ちになってしまう。そんなあたふたする私と違って趙さんはいつも通りで私の手を自分のジャケットのポケットに入れて暖かいねぇなんて言っている。
「椿がいいならちょっと散歩してから帰らない?」
「いいですよ。」
少しだけ遠回りしてから家に帰ることに。今日のクリスマスパーティーの話をしながら街を歩く。明日でクリスマスは終る。街中のイルミネーションの赤や緑も今日で見納め。そんな事を思いながら歩くと少しだけ寂しいような気持ちになる。
「ほんとはさぁ、ちょっと悩んでたんだよね。」
「何のことですか?」
「春日くんからさ、パーティーに誘われた時どうしようかなって。」
「何か予定があったんですか?」
「椿と2人で過ごすかどうかってこと。」
「あっ…。」
「でもさぁ、横にいた椿はすぐに行きますって言っちゃうしさぁ。」
「ご、ごめんなさい…。」
私も一瞬頭には過ったけれど、折角のお祝いならみんなで楽しんだ方がいいのかなと思って即答した。趙さんもきっとその方が良いだろうと思ったからだ。現にパーティーの間も趙さんはとても楽しそうにしていたからだ。
「別に謝らなくてもいいよ。でもさぁ、ちょっと今日の恰好もいつもより露出が多くて可愛いから意地悪言いたくなっただけ。」
「露出多めですかね?」
「だって、肩とか出てるじゃん。」
「本当はさっちゃんとえりちゃんとサンタコスしようかなって話が出てたんですけど、さっちゃんから趙から怒られるの嫌だから無しになったんですよ。」
「へぇ。」
その代わりの妥協案になったのがクリスマスカラーで行こうということになった。折角なので新しい服を一緒に買いに行って今日着ているのがその新しい服だ。白いオフショルニットに赤のスカート。試着して可愛いと思った今日の服装だ。
「可愛いですか?」
「ほんと、椿はそういう小悪魔な所あるよね。」
「そうですか?」
「ほら、そういう所。可愛いよ。でもさ、次からは俺以外の前でその恰好しないでね。」
「えっ…。折角買ったのに。」
「じゃあ、この冬は色んな所に出掛けよ。」
「はい。」
そんな事を話している内に趙さんがあれだよと声を掛けてきた。毎年この時期に飾られる浜北公園の大きなクリスマスツリーが目の前に。会話に夢中だったので結構歩いてきたことに今更ながらに気づく。
「綺麗ですね。」
「ほんと。」
あと少しでクリスマスが終わる。このツリーも日付が変われば撤去され、明日からはまたいつもの公園に変わる。辺りには名残惜しそうにカップル達が写真を撮っている。
「写真撮らなくていいの?」
「うーん。」
いつもだったら撮っているけれど、少し悩む。そう、自分の脳内ではこのツリーに関する噂を思い出していた。
カップルでこのツリーを訪れて写真を撮ると別れる。
よくある噂話の類だろうと思うけれど、やっぱり聞いてしまった以上はなんだかなぁと思ってしまう。占いも良いものは信じるけれど、悪いものは信じない。それくらいの考えしかないけれど、あえてしないことに越したことはない。悩んでいる訳を趙さんに話すとへぇと知らなかった様子。
「じゃあさぁ、新しい噂作っちゃう?」
「えっ…。」
驚く私に趙さんは手を引いてツリーの前に。近くでみるとより綺麗に光っているのが見える。思わず言葉を失くしてツリーを見ていると趙さんは突然私を抱きしめた。
「趙さん!ここ、外ですから!」
「いいからいいから。」
恥ずかしいやら酔いやらで私の体温は一気に上がる。趙さんはいつもと同じで体温は少しだけ高い気がする。おそらく酔いのせい。あたふたしている私の耳にそっと息が掛かる。私は肩を震わせ驚いていると告げられる言葉。
「椿、大好き。」
「趙さん…。」
私もと言おうと思ったら口は開かなかった。正確には趙さんの唇で塞がれていたから。持っていた鞄が床に落ちる音がする。触れるだけの口づけは一瞬。けれど、自分にとってはとても長い時間のように感じた。
「さぁ、帰ろっか。」
「えっ…。」
結局、趙さんは何がしたかったのか。全く訳が分からず、歩き出す趙さんに問いただす。趙さんはわからなかったの?と言いながら種明かしを。
「悪いジンクスなんて良いジンクスに変えちゃえばいいかなって。」
「良いジンクス?」
「これからはあのツリーでキスをしたカップルは永遠の愛を誓えるってことにするってこと。」
「えっ…。」
「俺は本気でそう思ってるよ。椿は違う?」
「いや、私も本気です。」
じゃあ、行こっかと差し出された手をじっと見る。今度は私の方のポケットに趙さんの手を招き入れるとふふっと笑う声が聞こえた。
楽しかったクリスマスも今日で終わる。明日からはまた日常に戻る。けれど、この今日のクリスマスの出来事は一生忘れることのない思い出になるだろう。
「やっぱりクリスマスの〆ってこれに限るよねぇ。」
「趙さん、私、身体のあちこち筋肉痛なんですけど…。」
「そんな事言いながらも、椿もノリノリだったじゃん。」
「それは…。」
濃密な情事の時間が終わり、狭いベッドに2人で包まっていると一人で寝るよりも暖かい。今日みたいにより一層寒い日は特に。寒いですねと言いながら私は趙さんの胸元に顔を寄せて目を閉じる。すぐに心地よい眠気が襲ってくる。趙さんもそろそろ俺も寝よっとと言いながらすぐに寝息が聞こえる。来年も2人で良いクリスマスが過ごせるといいな。そんな事を思いながら夢の中へ。
悪いジンクスなんて充てにならない
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