昔、私の家にいたおばあちゃんが言っていたのを思い出す。
おばあちゃんは早々に認知症を患っていたのに、死ぬ間際に急にあることを言いだしていた。家に帰りたいと。
そう、ここは自分の家だよとおばあちゃんに告げても違うと一言。
そして聞き返していくと昔、自分が家族と住んでいた家と答えていた。もうその家なんてとっくに無くなっていて連れて行ってあげることはできなかった。
そしてその話をして数日後におばあちゃんは息を引き取った。
そして思ったこと。人はなんとなく死期が近づくと昔に無性に戻りたくなるんじゃないかなということに。

◆◇◆

「どこに向かってるの?」

「着いてからの楽しみだな。」

峯くんの運転で流れていく景色。
高速を乗り継いでついた場所。

ここ…。

「懐かしいだろ。」

「うん。」

そういって着いたのは私と峯くんがいた学校。
正確には今は廃校になっていて使われていない。
立ち入り禁止の黄色いテープがかかっていて静かな場所になっている。

「峯くん、もしかして変なこと考えてないよね?」

それには答えず、人差し指を立ててシーと合図をしてこっちだと手招きする峯くん。
やっぱり…。
そう思いながらも私も周りに人がいないことを確認して進んでいく。

埃の匂いとカビくさい木の香り。そして歩くとぎしぎしとする廊下。
歩きながら随分と時間が経ってしまったんだろうなと思う。
そして、辿り着いたのはここ。

少し軋んだ音がする扉を開けるとそこには本が置かれた図書室。

「懐かしいね。」

「そうだな。」

あの時自分が座っていたテーブルや椅子はなくても、ここだったんじゃないかなと思う所に立ってみる。峯くんも同じように私と向かい合うようにして立ってみると思わず笑ってしまう。そう、こんな感じだったなと。

「あの頃、未来とここで話すのが唯一の楽しみだったな。」

「峯くん…。」

私もそうだった。楽しかった。
何を話していたのかも朧気だけど、いつもこっそり話をしながら笑って本当に時間が過ぎるのが早かったと感じていた。

「何してるの?」

懐かしい図書室の中をウロウロしていると峯くんは黒板の前に何かを書いている。
そっと覗き込むと相合傘を書いて峯くんは私の名前を書いている。

「未来も書けよ。」

渡されたチョーク。

「ずっと言おうと思ってたんだけど、そろそろ下の名前で呼んでほしい。」

あっ…。
書きかけた峯くんという文字をそっと消して義孝と書く。
恥ずかしいなぁと思いながらも峯くんは呼んでほしそうにこっちをじっと見ている。

「……義孝…。」

思ったよりも小さく上擦った私の声。
それでも峯くんには嬉しかったようで強く抱きしめられる。
大人になった私達が子供の場所でこんな事をしている。
いやらしさや背徳感を抱えながら私達はしばらくそうしていた。


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