いつもの雨

激しく抱き合った。
艶気を帯びた息が落ち着いて、独特の気怠い眠気が襲う。それに身を委ねた真島さんの凄艶に私を責め苛んでいた瞳は静かに閉じられている。
汗を含んだ彼の前髪を人差し指で流していると、穏やかな寝息と共に雨音が聞こえてきた。ザーッと打ちつけるような大粒の雨。その音を聞きながら、出会った時のことを思い出す。

その時も同じような激しい雨、しかも朝見たはずの天気予報に傘マークはひとつもなかった。仕事帰りだった私は、近くにあった花屋の軒下に駆け込み、雨が止むのを待った。
するとどこからか、花屋には似つかわしくない装いの男性が雨を避けるように私の隣にやってきた。黒の革手袋に眼帯、素肌に羽織られたド派手な蛇柄ジャケットからは刺青がチラチラ覗いている。

「まったく、今日はツイてへんわ……」

機嫌が悪いというより、虚脱感を滲ませたような声につい釣られて男性を見ると、切り揃えられたテクノカットから雨雫がポタポタと絶え間なく落ちている。それを見ていたら催眠術にでもかけられたような気分になり、咄嗟に黒のビジネスバッグからハンカチを差し出していた。

「あの、よければ使ってください」

「あぁ?」

「風邪、引いちゃいますよ」

「姉ちゃんも濡れとるやろ」

「あなたのほうが濡れてますから」

そか、おおきに。と差し出したハンカチを受け取った彼は、頭のてっぺんから足の先まで纏わり付いた雨を拭った。

「真島や」

「?」

「俺の名前、真島吾朗や。姉ちゃん、名前は?」

「え、えっと、高城、椿です」

「ほな椿ちゃん、雨止んだらハンカチ買いに行くで。泥だらけにしてもうたからな」

イヒヒ、と笑いながらハンカチを広げて見せた真島さん。今考えると、私を連れ出すのにわざと足先まで拭いたのかな。

あの日からどれだけ経っただろう。
真島さんと会う日は不思議と雨の日が多い。だからいつも雨が降ると、私は出会った日のことを思い出して初心にかえることができる。たまに強引な時もあるけれど、真島さんは私にたくさんの優しさと愛をくれる。私は同じだけ……それ以上のものをあなたにあげられてるのかな。
寝顔にそっと問いかけてみたら起こしてしまったようで、真島さんは右目を薄らと開けた。

「ん……、起きとったんか」

「真島さんの寝顔が可愛いからずっと見てました」

「なんやそれ。……あぁ、今何時や?」

「もうすぐ4時半です」

「あと一眠りしたら行かなあかんな」

真島さんは私を胸に抱き寄せて、ぴったり肌と肌を密着させる。あと数時間でこの香りと温もりが離れていってしまうと思うと、時間が経つ毎に寂しさがひしひしと迫ってくる。
ふと、私の頭にキスするように顔を埋めていた真島さんが、顔を上げるような動作をした。

「どうしました?」

「雨降っとるな」

「はい」

「あの時と同じや。覚えとるか? 俺な、雨降るとおまえに会うた時のこと、いつも思い出すねん」

トクン、と胸が大きく波打つ。真島さんも同じように思ってくれていたことに心が震えた。涙が出そうなのを堪えて「もちろん覚えてます」と伝えると、真島さんは優しく微笑み、私の顔を覗き込んだ。

「せやったら今夜、デートせぇへん? あの花屋でおまえの好きな花ぎょうさん買うて、俺らの部屋に飾るっちゅうのはどうや?」

「最高です……吾朗さん」

「っ……、椿」

誰よりも愛しくて大切な名前。
お互いに何度も呼び合い、何度も熱く口付ける。
はじまりからずっと降り注ぐ、二人だけの優しい雨。


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