泥臭いくらいがちょうどいい

一生に一度のお願い。よく言われることだが、この言葉ほど安っぽいと思うのは私だけだろうか。目の前にいる友人は手を合わせてその言葉を呟いている。

「本当に行くだけでいいんだよね?」

「うん!椿は数合わせだから!」

渋る私にひたすらお願いと友人。もはや断るという選択肢は皆無で私がうんというまでこの時間は動かないのだろう。気乗りはしないが、永らく付き合いのある友人。ここは助けてあげるのが友というもの。渋々わかったと告げると笑顔に。しかし、私には懸念事項が。

「なんでそんな辛気臭い顔してんの?」

「いや、どう説明しようか悩んでるんだよ。」

そう話すと友人はあぁ、あの優しい彼氏のことねと言っている。確かに優しい彼氏ではあるが、果たしてどう反応するか。さっきまで全く何ともなかったのに胃がキリキリと痛むのを感じる。

「じゃあ、当日遅れないでね!」

「うん…。」

不安な気持ちを抱えながら友人と別れて帰宅の途へ。こういう時は順序だてて話す方が良い。感情論が入ってしまうと拗れてしまう。とりあえず一人ゆっくり考えようと思っていた。

それなのに…。

「随分遅かったですね、椿。」

「ジュンギ…。」

ソファーに座りながらスマホに向けていた顔が私に。鍵を渡しているのでこういうことも想定内だが、今日は違う。一人で先ほどの件をどうしようか思案したかった。

「おや、何だか顔色が良くないようですね。」

「ううん。ただちょっと疲れただけ。」

心配そうに私のおでこに触れて熱はないようですねと言っている。これではまたいらぬ心配をさせてしまう。やはり、ここはシンプルに偽りなく伝えるのが一番の近道。

「ジュンギ、あのね…。」

私は意を決して件の件を伝える。最初は少し驚いた様子のジュンギだったが、なんだ、そんな事ですかと思っていたよりも反応は薄い。どうやら取りこし苦労だったようだ。

「じゃあ、行ってもいいの?」

「友人関係を円滑にするのも大事な事ですからね。」

「ジュンギ!ありがとう!好き!」

「おやおや…。」

優しい彼氏で本当に良かったと嬉しくなって抱き着くと困った声がするが、しっかりとその手は私を抱き留めてくれている。

そう、本当に優しい彼氏で良かった。
ただ、本心は分からない。
口ではいくらでも言えるのが人という生き物。

◆◇◆

ただ物分かりのいい彼氏でいたかった。そう、スマートでかっこいい彼氏でいたかった。好きな人の前では良い所を見せたいと思うのが男たるもの。自分の憧れていたかつての人もそうだった。決して弱音は吐かずかっこいい生き様の人だったから。

だが、しかし。
内心穏やかではない。

彼女は人数合わせで行くだけと言っていたが…。
もしも気の合う人が現れたら?
もしも断り切れず2軒、3軒と行ってそのまま帰ってこなかったら?
考えれば考えるほどキリがない。行くなと一言言えばこんな風に悩むことはなかったが、彼女を失望させたくなかった。彼女にとって自分は余裕のある男性として映っているのだから。

「悩み事か?」

「いえ…。」

ソンヒは私の顔をじっと見てそうかと笑う。彼女には全てお見通しなんだろう。すぐに返ってきた言葉でわかった。

「彼女の件か?」

「まぁ、ちょっとした事です。頼まれていた件はあと少しで終わります。」

「いや、急ぎではないからまた今度でいい。」

「ですが…。」

「他にやることもないようだし、今日は上がっていいぞ。」

「ソンヒ…。」

全てを見透かしたように早く仲直りして仕事に支障のないようにしてくれればいいと背中を押される。だが、別に喧嘩をした訳ではない。まだ茜色の空。行く場所といえば決まっている。どうせ、彼女に問い詰めるようなことはできないのはわかっている。ならば、誰かに愚痴でも聞いてもらえばいいか。そんな軽い気持ちでいつものようにサバイバーへ。

「おや、今日は随分と人が少ないですね。」

「あれ?ハンジュンギ、あんたは行かなかったの?」

カウンターに一人座る紗栄子さん。いつものこの時間帯ならあと何人かいてもおかしくないのに今日は男性陣の姿はない。そして引っかかる言葉。紗栄子さんは淡々と会話してくるが、耳に入ってこない。そう、わかったのだ。

「紗栄子さん、その合コンの場所はどこかわかりますか?」

「えっと…。」

少し驚きながらもお店の場所を伝えてくれる。そして外へ駆け出す。スマートでかっこいい彼氏ならこのままサバイバーで酒を飲んで待っていればいい。いや、自分は違う。彼女の事が好きで誰にも取られたくない。ただひたすら願う。何か過ちが起きないようにと。

◆◇◆

うわぁ、すごいもじゃもじゃ。鳥の巣みたい。意外と柔らかそうなのかなと目の前で楽しそうに話している男性の姿を見て驚いていた。一番さんという何ともおめでたい名前のその人はとても気遣いができる人でこの場をとても和やかな雰囲気にしてくれている。

そしてその横の少し年配の男性。すでに何杯飲んでいるのか。その男性の周りには空のジョッキが何個も置かれている。お酒が入って饒舌になったのかご機嫌で女性陣を褒めちぎっている。

そんな飲兵衛の足立さんの横でせっせと食事をしている大人しそうな眼鏡の男性。寡黙なのかそれとも目の前の食事の方が良いのか会話の中には入らずたまに話すとしても男性陣ばかり。女性が苦手なのだろうか?うん、控えな人だ。

そして今回の女性陣の人気ナンバーワンの男性。サングラスを掛けていて素顔は分からないが、またそれが謎な部分として女性陣の興味を引いている。投げかけられる質問には気さくに答えて私の横に座る友人達が頬を赤く染めている。

私はそんな場でどうしていいか分からず、とりあえず場を乱さないように相槌を打ったり、食事を取り分けたり。

仕事などでは異性と会話をすることもあるが、本当にこんな風に異性と話すのは随分と久しいので新鮮だ。けれど、ちっとも楽しいと思わない。そう、やっぱり何か違う。当たり前なのだが、今、この場にいない人のことばかり考えている。

あぁ、ジュンギに会いたい。

数合わせで来ているだけだからあと数分もすればお開きになるだろう。終わればすぐに家に帰ろう。いや、その前に電話をしよう。早く声が聞きたい。

そんな私の想いが通じたのだろうか?

「じゃあ、2次会行く人?」

友人は少し酔っているのかいつもよりもテンション高め。そして皆さん勿論行きますよねという無言の圧力が掛かる。

か、帰りたい。

ぞろぞろと2次会のカラオケがある場所の方に集団が動き始めている。私はどうしていいか分からずその場に佇んだまま。このまま私に気づかず、みんな行ってくれればいいのにとあわよくば考えている始末。

「あんたは行かないのか?」

「一番さん。」

立ち尽くしている私を見て手を差し出される。本当にいい人だなぁと思いながらもその手を取ることはできない。私は困ったままで妙な静かな間ができる。

「春日さん、この人は私が家までしっかりとお送りいたします。」

「おい!ハンジュンギ!」

「えっ?」

私だけがぽかんとしながら一番さんとジュンギが何やら話している。どうやら知り合いのようで一番さんは別れ際に気を付けて帰れよと言ってくれた。つくづく優しい人だ。

そして私と残されたジュンギ。

さっきまでは早く会いたいと思っていたのに、気まずい空気が周りに立ち込めていて黙ったまま並んで歩いている。何か話しかければいいのだが、どうしていいか分からない。そう、ジュンギから感じるピリピリとした空気。それは怒っているようなそんな雰囲気。

そのまま無言で部屋につく。先に動いたのはジュンギだった。靴を脱いで玄関に上がろうと思っていたら、腕を掴まれてジュンギの胸元に。いつもよりも力が入っているような感じがする。やっぱり怒っているようだ。私は聞こえるか聞こえないかくらいの声でごめんなさいとぽつりと。ジュンギはその言葉に更に抱きしめる力を強くして振り絞るような声をひとつ。

あぁ、良かった。椿に何ともなくて。

思わずはっとなる。なんて弱々しい声なんだろうと。今まで聞いたことのない声だった。やっぱり心配を掛けてしまった。最初から行かなければ良かったと深く後悔する。私はジュンギの背中をトントンと叩く。まるで母親が赤子をあやすかのように。ちょっと落ち着いてきた頃合いに私達は顔を見合わせて口づけをひとつ。

とっても暖かくて優しく満たされる。

2人して部屋の中に入る。照れ隠しのような笑みを浮かべていつもの時間に戻る。なんだかそれはお互い今まで隠していた殻を少し破ってまた新たな自分になったような感じで。こうして私達は少しずつ愛を育んでいく。







「この前の合コン楽しかったよねぇ!」

「そういえば趙はお持ち帰りしたのか?」

「それがさぁ、気になってた子が途中で帰っちゃったんだよね。」

「おい、それって、まさか!」

「えっ?」

「春日さん、どうしたんですか?顔色が悪いようですけど?」

「いや、あの…。」

「この前の合コンで可愛かった子の話、してたんだよね。」

「おいおい…。」

「へぇ…。それはどんな女性か気になりますねぇ。」

私の知らない所で何やら火種が起きていることは知る由もなく。その日のサバイバーではオロオロする春日、殺気を放つハンジュンギ、楽しそうな趙がいたそうだ。ただならぬ空気を感じた他のメンバーはその日は店に立ち寄らなかったのは言うまでもない。



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