ときには昔話を

どうして私の周りには禄でもない男ばかりなのだろう。
それは持って生まれた才なのかはわからないが、私の周りにはそんな男ばかり現れる。

カツカツとヒールの音を鳴らして長い廊下を歩く。
そして対面からはゆっくりと歩いてくる男。
私の姿に気づくとにやりと笑みを浮かべてお互い歩みを止める。

「久し振りやのぅ、椿。」

「そうね…。」

年齢を重ねても老いを感じないその顏を見て安心する気持ちや腹が立つ気持ちやら。要は落ち着かないといった所か。そんな私の動揺に気づくことなく男は冷静だ。やっぱり、今日は帰ろうと急に思い立って踵を返すと声を掛けられる。

「あいつの所にきたんとちゃうんか?」

「気が変わったから帰る。」

「詰まらん意地張らんと会ったらええやないか。」

「吾朗くんに何がわかるの?」

ふと語気が強くなってじんと胸が痛む。お互い今は歳を重ねたのに表情は昔のままだった。どうして人は思い出を捨てられずに大切に持ってしまうのだろう。そしてあの頃が良かったなんて思ってしまうのだろう。貧しくてもキラキラとしていたあの頃を。

◆◇◆

あの頃の私はただ毎日が楽しくてキラキラとしていた。駆け出しのモデルとして働き、忙しくなく日々を過ごしていた。そしてひょんなことから出逢いがあり、私のプライベートも充実していた。

「「かんぱーい!」」

ちゃぶ台の上に置かれた小さな鍋。それを囲む私達。時間があえばいつも4人で集まってこんな風に過ごしていた。みんなそれぞれ悩みを抱え、お金もなかったけれど、こんな風に集まって食事をして話す。かけがえのない幸せな時間だった。けれど、そんな時間も永遠に続かない。

「今日は何かのお祝い?」

いつもよりも豪華な食事が並ぶちゃぶ台。…といってもぐつぐつと煮える鍋の中には牛ではなく豚で完成されたすき焼きは当時の貧しさを象徴とさせていた。私の投げかけた問いはすぐに答えとなって返ってくる。

「一緒になろうと思ってんねん。」

「えっ…。」

吾朗くんは軽い咳払いをして結婚すると告げる。そしてその横に並ぶ美麗は少し頬を赤く染めて頷く。何となくわかっていたことだけれど、鈍い痛みを胸に感じる。そう、私は密かに吾朗くんに恋心を抱いていたのだ。でも、決して想いを告げよう、一緒になりたいだなんて思うことはなく自分の中で大切にとっておきたい感情だった。

「おめでとう。」

驚いたまま言葉が続かなかった私を気にして横にいた勝矢がおめでとうと言うのが聞こえる。そして2人は楽しそうにこれからの話をしている。いつもは4人で楽しい空間の筈なのに、今日は自分だけが置き去りにされたような感覚を持ったまま過ごしていた。

「じゃあ、私、帰るね。」

「俺もそろそろ帰るとするかな。」

私が立ち上がると勝矢もそっと立ち上がり、一緒に途中まで帰ろうと言われた。私はうんと言ったまま外に。私はまだぼんやりとした感覚で鈍い胸の痛みを感じながら歩く。

「俺じゃ駄目か?」

「はぁ?」

分かれ道の場所まで着いた時に勝矢はぽつりと言葉を漏らした。その言葉の意味がうまく理解できず、素っ頓狂な声がでてしまう。でも、勝矢の顔は真剣そのもので言われた言葉を静かに飲み込んで理解していく。

「それ、私に同情してるの?」

理解はできてもそれを素直に受け取るとは別だ。今の私の心情では同情されているとしか思えなかったからだ。要は失恋して可哀想な子に見えてしまっていたのだろうと。

「俺はそんなつもりで言ったんじゃない…。」

前から…。続くその先の言葉を私は聞くことをせず、じゃあねと言って去った。一日で色んなことが起こりすぎて消化できなかった。家の中に入ってようやく一人になれた自分は声をあげて泣いた。失恋したことの痛みなのか同情されたことの痛みなのか。今となっては分からないけれど、とにかくただただ悲しかった。

それから、私は3人の前に姿を現すのを止めた。

◆◇◆

どこで道を違えたのかは分からない。それから4人はそれぞれの道を歩いていた。幸せだった2人もすぐに別れていたし、勝矢も遠く離れた道へ。そして、私もモデルを辞めて今では美容関係の社長をしている。何不自由ない生活で欲しいものは何でも買えるし、したいことも何でもできる。

でも、何ひとつ満たされることはなかった。

自分の人生を振り返ってみると、やっぱりあの頃が一番楽しかったと懐かしんでしまう。もう2度と取り戻せないあの頃を。

「あいつはずっと待っとるで。」

「そう…。」

黙ったまま過去を思い出していると吾朗くんは静かに私に諭すように話して肩にポンと手を置いて後は頼んだでと一言。本当は吾朗くんにも言いたい事は山ほどあった。何で美麗を幸せにしてくれたかったのとかなんで美麗は死ななければいけなかったのかとか。本当にたくさんあった。けれど、出た言葉は意外なものだった。

「吾朗くん、あの頃、楽しかったよね。」

「そうやな。」

去って行く吾朗くんを呼び止めて少し声を張って告げると綺麗な笑顔を浮かべて答えは返ってきた。あの頃、私が好きだったその顔を見て、決心がついた。止まっていた歩みを進めてようやく病室の前に。ノックをすると中から白いスーツを着た男の人が。私の姿を見ると、何かを察したようで、まだ寝とるけど、起きるまでおったってくれへんかと言われて静かに頷く。

中に入ると心電図、点滴のチューブが繋がれて眠る勝矢。あの日以来か。会ってはいないが、最近TVでも見るようになったその顏を見てやっぱり私達は歳を取ったんだということに改めて気づかされる。

「ほんと、私って男運悪いのかも。」

「…そうだな。」

独り言のように呟いたつもりだったのに目の前で眠る男の眼はしっかりと見開かれて私を見ている。あの日の夜以来か。こんな風にじっと見つめられるのは。でも、あの時とは違って今はとても冷静に見つめ返すことができていた。随分大人になったものだ。

「死にそうってきたから来たけど案外元気そうじゃない。」

「そう見えるか?」

「うん。」

言ってから可笑しくなって笑ってしまう。妙に照れ臭いような恥ずかしいようなそんな気持ち。久し振りに何だか初々しい気持ちになっている。そう、初恋のような。

「じゃあ、元気そうだから私、帰るね。」

「もう帰るのか?」

身体を起こそうとして顔を少しだけ歪ませていた勝矢を見て、無理しないでと言って身体を支える。本当にこの道にいる人は無茶ばかりして女を泣かせてばかり。いつも悲しい想いをするのは女の方だ。

「椿、落ち着いたら食事でも行くか?」

「食事だけで終わり?私、そんな安い女じゃないから。」

「わかった。しっかりもてなすつもりだ。」

そんなやり取りをして顔を見合わせて笑う。
大人になった私達には少しだけ余裕ができたのだろう。

外にでるとさっきのスーツの人が立っている。私は頭をそっと下げる。行きとは違い、帰りの足取りは軽かった。なんだろう、このワクワクとする気持ちは。

ようやく私は時を動かすことができるのだろう。
あの日の夜の続きを。

禄でもない男ばかりに出逢ってきたけれど、ようやく私は終着点に。
歳を重ねた私は残りの人生をこの禄でもない男に捧げてみたいと思っている。


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