05



父も母も任務に出ていて遅くなる日は、三代目の家に預けられることが多かった。
それは私にとっては唯一家の敷地外に出れる時でもあったから、たまのその時間がとても好きだった。

夜も更けて、日が変わろうとしていてもまだ母の迎えは来ていない。
それは別に珍しいことでもなく、いつもこの時間になると職務を終え帰ってきている三代目の部屋に入り浸っていた。
あの日は、扉を開けてもこちらに背を向ける三代目が何をしているのかよく見えなくて、素直に問いかけた。


「なにしてるんですか、ヒルゼンさま」
「おお、名前。ちょっと暇潰しにな」


後ろの机にはたくさんの書類が積まれているが、これを暇と言えるのだろうか。
軽くつついただけでも崩れ落ちそうな山に背を向け、面と筆をそれぞれ手に持っている。
首を傾げながら近くに寄る。
少しの間見ていると、真っ白だった面には綺麗な花のような模様が描かれていった。


「わあ...きれい。ヒルゼンさま、わたしこれほしいです」
「お前は素直じゃのォ。面なんか貰ってどうするんじゃ」
「うーん...つけます」
「はっはっは!暗部でもあるまいし、こんな面をつけていたら怪しいだけじゃぞ」


暗部。両親の会話などから何となく言葉だけは知っていた。
けれどこの時の私にはただの単語としての認識しかなくて。


「じゃああんぶになります!」
「はっはっは!これは頼もしいのォ!」


二度目の大笑いに訳が分からなくて目を丸くする私を見て、三代目はまた笑った。
そしてひとしきり笑い終えた後、手に持っていた面をくれた。
その時の私にはまだ大きくて、顔をすっぽりと隠しても随分余裕があった。
まだ両親が生きていて、三代目のこともよく構ってくれるおじさんとしか思っていなかったあの時。
私は相棒を手に入れた。


「...夢」


目を開けると、朝日が周りを照らし始めていた。
夜を明かした木の幹に凭れたまま、眠っている間もつけていた面を取り、くるりと裏返す。
当時と比べたら少し色褪せた紅色の花を指でなぞる。
昔の夢を見たのは、面をつけたまま眠ったからだろうか。
あの時は面が欲しいだけの理由で暗部になると言った自分が、本当に暗部として三代目の側にいるなんて誰も思わなかった。
無知で無邪気だった頃と違って、色んなことを知りすぎたとも思う。


「......ん?」


考えを巡らせている内に、ひとつ引っ掛かりを感じた。
昨夜カカシから聞いた話をもう一度頭の中で反芻する。
再不斬が死んだという情報の意外性で見落としてしまった違和感。
あの時、彼は。


−−−まだナルト達とそんなに年も変わらない子だったよ。その子が殺して連れて行った。


連れて、行った?
追い忍が、わざわざ身体ごと持ち帰る必要があるだろうか。
根本的なことを見落としていた自分に舌を打ち、再び七班の元へと向かった。



「ま!再不斬が死んでるにせよ生きてるにせよガトーの手下にさらに強力な忍がいないとも限らん......」
「はたけ先輩!」
「きゃーーーーー!!!」
「うォ!?おおおお前誰だってばよ!!」
「新手か...!?」
「コラコラ。敵じゃなーいよ」


ピシャリと勢いよく窓を開け室内へ入ると、ナルト達が驚愕と恐怖の表情でこちらを見た。
直前の話の流れを考えると、ちょうど緊張が高まっていたタイミングだったんだろう。
家人であろう二人も目を丸くして固まっていて、サスケに至ってはクナイを構えている。


「お気付きになりましたか」
「ああ。ちょうど説明してたとこだよ」
「カカカカカカカシ先生!!こっちも説明しろってばよ!!」


こちらを指差し、しかしその手は震えているナルトが叫ぶ。
こんなに間近で姿を見るのは久しぶりかもしれない。額当てが様になっているな、と少し成長を嬉しく思う自分がいた。


「敵じゃない。木ノ葉の者だよ」
「この子は名前。ま!援軍ってやつだ」
「この女一人で援軍...?」


さらりと名を広められてしまったが、今はそれを気にしている場合でもない。
同じ里の者と告げてみても訝しげな表情に、未だにクナイを下ろす気配のないサスケ。
言葉では分かってくれなさそうだとひとつ息をつき、瞬き一つの隙にその手からクナイを奪い、元の場所へ戻った。
彼からすれば、いつの間にかクナイが私の手に渡っているように見えただろう。


「!?」
「腕は信用してもらえた?」


そう言いながらクナイを返すと、信じられないと言いたげな表情のまま俯いてしまった。
プライドに障ったかなと少し申し訳なくも思ったが、このまま敵意を向けられ続けるのも困る。


「女だからって嘗めてかかるなよ。優秀な忍に男女は関係ないからな」
「すっげー!!!全然見えなかったってばよ!!」


あの頃と同じ、きらきらとした瞳のナルトがこちらへ寄ってくる。
その姿に面の下で少し口角を緩め、カカシに向き直った。


「はたけ先輩。それより」
「ああ。お前ら!遊んでる暇はないぞ」
「あっ...せ、先生!出遅れる前の準備って何しておくの?先生とーぶん動けないのに...」


未だに俯くサスケと、目を輝かせるナルトに挟まれたサクラが二人を現実に戻すべく声を上げる。


「クク...お前達に修行を課す!」


その言葉に、二人の意識もやっと戻ってきた。
暗部以外の者と組む任務はいつぶりだろうか。
危険度で言えば充分なものなのに、構成員の半分以上が下忍という不思議な組み合わせ。
まだまだ子どもらしい表情を見せる彼らを眺めながら、カカシの言葉に耳を傾けた。




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