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▼ 隠してしまおうか

 審神者は大変困っていた。
 審神者の前には二振りの刀剣男子が座っている。一振りは春の日だまりのように、ほんわか穏やかに笑む髭切。もう一振りは夏の池に咲く蓮の花のように涼やかな居住まいの膝丸。源氏の重宝のこの二振りが、今、審神者の頭痛の種となっている。

「それで、主。主は僕とひげ、うーん、肘? まぁ、名前はどうでもいいや。僕と弟、どちらが好きなのかな?」

 沈黙を守り続けた審神者に痺れをきらしたのだろう。笑みは柔らかなまま、しかし声に圧をかけて髭切は問いかけてきた。隣の膝丸は兄の髭切の言葉に同意するよう、無言でこくこくと頷いている。
 審神者の困惑の原因、それこそがこの、髭切の言葉であった。
 つまりは、髭切と膝丸、審神者がどちらを好いているのか答えろ、というのである。
 審神者は髭切と膝丸を交互に見て、小さく息を吐き出した。
 髭切と膝丸。気質は違えど、どちらも見目麗しく勇猛果敢な刀で、頼りになる二振りである。好きか嫌いかと問われれば、答えは間違いなく前者ではあるが、二振りは一般論での好き嫌いではなく、恋愛的な意味での好き嫌い、しかもどちらが好きなのかを答えろというのだ。

(恋愛的な意味で二人を見たことない、っていったら怒るだろうな……)

 審神者にとって刀剣男士は大事な家族であり仲間であり、敬うべき神でもある。恋愛対象に考えたこともなかった。だというのに、まさか源氏の重宝二振りから恋愛対象として見られていたとは驚きである。歌仙からはいつも見繕いについてダメだしされ、女子失格の烙印まで押されているというのに。

「ねぇ、主。いいかげんに答えてくれないかな。僕だって、我慢の限界はあるんだよ?」
「そうだぞ主、兄者の言うとおりだ。焦らされるのは性に合わぬ」

 言葉とともにずずいっと近寄ってくる髭切と膝丸から逃げるように、審神者は思わず後ずさりする。

「とって食べやしないよ。だから、僕たちから逃げないでほしいな」
「我らはただ、主の口から、俺と兄者のどちらを好いているか答えて欲しいだけなのだ」

 だからそれが無理なんですと、審神者は声を大にして叫びたかった。
 叫ぶことが許されるのならば。

「あぁ、そうだ。僕と弟、どちらかを選ぶのが難しいなら、三人でしばらく一緒に過ごそうか。三人一緒に過ごしていろいろしてみれば、僕と弟、どちらがいいか選ぶことができるよね」
「――あぁ、それは名案だ。名案だぞ、兄者! 」

 沈黙を守り続けた審神者の背に冷たい汗が伝う。
 無言を貫き続けたのは、大きな間違いだったのかもしれない。



2020/03/11
2023/11/07 拍手より再録

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