忘却ファクト




「リドウ様はこちらに…?」


ルリもよく知る人物の声が店に響いた。



ジョルジュ
(忘却ファクト)




「よく来てくれた、ミス・ノヴァ」


店に入ってきたのは、先程の列車でユリウスに刺され、床に倒れこんでいたノヴァだった。けれど見るからに元気そうで、ルリは不思議に思いながらノヴァを見つめた。


「あれ、ルドガーにルリ!?
久しぶりー!って…もしかして借金の申し込みって二人!?」


「え、あ…ていうか、ノヴァ?」
「え?どこをどう見てもノヴァじゃない!…どうしたの?」

「ノヴァも、無事だったんだな」

「無事って、なんのこと?」


ホッとしたようにノヴァに言うと、ノヴァはきょとんとしていた。


「列車、乗ってたでしょ…?」
「列車?昨日、一昨日と立て込んじゃってて徹夜で仕事してたから…乗ってないけど」


どういう、こと?


「ミス・ノヴァ。それなりに大金だから、よろしく頼むよ」
「あ、はい。
…ルドガー、ルリ、なにしたの?」


こそ、と耳元で問われて、苦笑するしかなかった。


「、い…っ」
「ちょ…!」


リドウはエルとルリの手を引き店の入口まで歩く。入口の前で立ち止まるとニヒルに笑い、言い放った。


「好きなだけ考えるといい」
「、卑怯者!ルドガーに拒否権なんてないじゃない…!」

「なんとでも。…これが"社会"だよ。君もよく知ってるだろ?」
「っ…」


ぎり、と歯を鳴らしてしまうほど、ルリ苛立っていた。今すぐにリドウに平手打ちしてやりたいほどに、だ。


















ルドガーは、エルとルリを交互に見て、静かに息をはきリドウに近付く。ニヤリと笑ったリドウに、ルリの怒りのボルテージはまた上がっていく。


「さて、覚悟は決まったかな?」
「…契約するよ」


ルドガーの声に、ルリはがっくりと肩を落とした。実際ルドガーには、借金を支払う以外の「選択」の予知はなかった。


「OK、賢明な判断だ」


リドウは掴んでいた手を離すと、またカウンターに座り置かれたままのグラスに口を付けた。その行動ひとつひとつが、ルリの怒りを増幅させるのだが、リドウはそれを楽しんでいるかのようにルリもちらりと見て、笑った。


椅子に座ったルドガーにノヴァは「いいのね?」と再確認する。こくりと頷いたルドガーにペンを渡し、それを受け取ったルドガーは早速名前を書こうと書類に向かった。


「ルドガー、何してるの!?」


異様な雰囲気の中、電話が終わったらしいジュードが入ってくるも、ルドガーの目の前に置かれる書類に驚いて近付いた。


「治療費が払えないので、ちょっとローンを」

「リドウ、いい加減にして」
「なにをいい加減にするんだ?俺は君達の恩人だ。治療をしたら治療費を払わないと」

「だから、頼んでないって言ってるじゃない。アンタが勝手に治療して治療費請求って、どれだけ卑怯なのよ」
「相変わらず、棘のある言葉しか言わないなルリは」

「ねぇ、ルリ」
「…なに?」
「もしかして、リドウさんと知り合い?」


ルドガー、ジュード、ノヴァはルリとリドウの会話を聞きながら疑問だった。初対面のはずなのに、この二人の会話は親しい者に話すような口調だったのだから。
ジュードの問いに、ルリは目を細めて即座に否定した。「ただの顔見知り」だと。


「酷いな、元恋人に顔見知りはないだろ?」
「、過去のことだし、後悔してるわ」

「別れたことを?」
「付き合ったことをよ!」


馬鹿じゃないの!と怒鳴るルリにジュードは近付いて肩を叩き「落ち着いて」と宥める。ルリはふぅ、と息をつきリドウを見る。あぁ、ほらまた楽しそうに笑っている。


「俺も後悔してる。君と別れたこと」
「な、…!」

「今もまだ、君が好きなんだよ、ルリ」


かっ、となって思わずリドウに手を振りかざす。ひゅ、と風を切る音、そしてすぐにぱし、と音がする。リドウはその手を掴んでいた。


「…じゃあ、私の治療費無くしてよ。アンタは、好きな女からお金取るんだ?」
「………、」

「高額の治療費をふんだくろうとしてる人と、また恋人になるなんて馬鹿、いないわ」


手を捕まれたまま、ルリはリドウを睨みあげる。すると溜息をついたリドウはその手を離してルリに背を向け「わかったよ」と呆れたように言った。


「…俺の負け。
ルリの治療費は無しにしよう。けどルドガー君のは請求するよ」
「エルのも無くしなさいよ。小さな女の子からもお金取るほどまで落ちぶれたの?

クランスピア社のエージェントが、呆れてものも言えないわ」


ルリの目は、リドウをまっすぐ射ぬいていた。リドウはここでも折れるしかなくなり、エルの分の治療費もチャラになったため、かなり減らされた借金。


「ルドガーの借金は私が肩代わりする」
「お前、なんで…!」

「大事な弟だもん
それに、私はその額を払える」


ルリの言葉にその場にいた者が驚きの声をあげる。大金を、すぐに返せるなんて、と。リドウは「あぁ」とニヤリと笑いルリを見た。


「勤めていた医療機関は給料が良かったからね。それに医療黒匣の資格持ちで通常の倍以上の額を貰ってたはずだしね」


リドウの言葉に、ジュードは「医療黒匣を、ルリも…?」と呟く。
ルリは目を伏せた。記憶があるからだ。黒匣は精霊を殺している。そのことを、ジュードは良く思っておらず、けれどここで生きるために仕方ないと思うしかない、と。


「アンタのそういうとこ、大嫌い」


ルリの悲痛な声が、哀しく響いた。


(忘却ファクト)


20121115

リドウと絡ませるのが楽しい。
彼の飄々とした態度に振り回されるというか、おちょくられてイライラするヒロインを打っていて楽しかった。

連載を打ち直したのは、リドウと元恋人という設定を使いたかったからです←