(13)試験、終了



「ところで、お前、なんで這いつくばっているんだよ」

訝しげに、ヤイバはイガに尋ねた。
イガは顔が引きつり、目を逸らした。
確か、彼の叫び声はしていたが、ヤイバはちょうど、体勢を整える前で、彼が飛ばされた原因を知らなかった。

手拭いも怪しい。

彼は、自分の力を過信している。
誰かに力を貸してもらっている、という意識がない。
力を出す機会を与えている、というように上から目線な態度だ。
ヤイバは、そうイガを認識している。

そんな彼が、自分から相手を気遣って歩み寄る行動に出ることに、疑問を抱いた。

「ちょ、ちょっとな。ナルト先生にやられて、今、思うように動けねぇんだよ」

やはりヤイバを見ようとしない。

怪しい。
じっと、イガを見つづけると、その視線に耐えられなかったのか、彼は項垂れた。
顔を地面に伏せ、ぎゅっと握り締める拳をわなわなと震わせた。

しかし、その震えもピタッと止まった。
のっそりと顔を上げ、何かをたくらんだ表情をヤイバに見せた。

「そういや、お前、顔ナシが好きなんだな?」

ボタッと思い音がした。
ヤイバが手にしていた濡れた手拭いが、落ちた音だった。
目を丸くして、彼はイガを凝視した。

―――なぜ、それを知っている。
―――いや、まず、いつ知られた。

ヤイバの中で、疑問の嵐が吹き荒れる。
イガは頬杖をついて、目を細めて、口角を上げた。

「幻術に掛かっていたとき、譫言で言っていたんだよ。“アズキ〜アズキ〜”って」

カアァと顔が熱くなるのを感じた。
怒りよりも、恥ずかしさの感情の方が勝っていた。

彼女に思いを寄せていることが恥ずかしいのではない。
馬が合わないイガに、からかわれることに、プライドが傷ついたのだ。

イガの頭を掴もうとするが、身体を転がし、避けられてしまった。

「そうか、そうか。あのとき、顔ナシを助けたのは、好きな子の為ってか?」

「……」

今度は、ヤイバが顔を背ける番だった。
耳まで赤くして、歯をぐっと喰いしばった。

「あいつに教えてやろうっと。喜ぶんじゃね?あれから、気にかけているようだったし」

「や、やめろ…よ!」

羞恥心が、怒りに変わった。
とんでもない。
イガからの言葉では、きっと彼女を傷つける。
事実が嘘と伝わり、彼女がヤイバから離れていくようで、それだけでも怖かった。

「じゃあ、取り引きしないか」

「な、なにを?」

まずい、弱みを握られた。
しかし、この打開策が考えられず、今のヤイバはイガの要求を呑むことしかできない。

「さっき、先生の様子を見たとき、鈴が1つになっていたんだ」

ヤイバは、息を飲んだ。
アズキが鈴を受け取ったのは事実だったのか。
自分を惑わすための、ナルトの幻覚だと思っていた。

「アズキが、鈴を受け取ったって。……あれは幻術の中だけじゃ…」

「やっと繋がった。最初は、お前が取ったものだと思っていたけれど、身辺を調べても、鈴はないし。顔ナシじゃ、鈴を取るには全く力がねぇし…。その“受け取った”で間違いないな」

ようやく、身体に自由を取り戻したのだろう。
イガは起き上がって、胡坐をかいた。

「そこで、提案だ」

一呼吸おいて、イガは言った。

「顔ナシに、お前があいつのことを好きだとは伝えない。
ただし、顔ナシから鈴を奪い取る。お前には、それに協力してもらう」



「ハァ…ハァ…ハァ」

息を切らせ、アズキは演習場の林の中を駆けた。
草や枝で、擦り傷を作っても、とにかく逃げた。

足がガクガクと震えた。
まるで生まれたての小鹿のように。

朝食をとっていない為、身体からみるみるうちに力が抜けていく。
しかし、走らなければ追い付かれる。

近くで水の音がする。
広場に池がある。そこと繋がっている水源だろうか。
追ってくる気配に気を遣いながら、水の音へと移動する。

小さな小川があった。
水は透き通っていて、冷たくて気持ちよさそうだった。

(ちょっとなら)

空腹からの誘惑には勝てず、アズキは膝を突き、水辺に手を伸ばした。
両手で掬い、こくりと一口水を飲んだ。
渇ききっていた喉が、一瞬にして潤った。
涼しい風が、木の間をぬって吹き抜けた。
火照っていた身体から、熱が抜けていく。

もう一口と思って、身を屈めると、小川を挟んで反対側に、誰かが降り立った。
頭を上げると、そこにはヤイバとイガが立っていた。

「見つけたぞ」

イガが笑った。
嫌な予感がする。アズキは直感でそう思った。
緊張が走り、フラつく足を奮い立たせ、イガから一歩離れた。

彼の隣にいるヤイバをちらりと見る。
昨日のオリエンテーションのとき、喧嘩をして、仲が悪いと思っていたので、2人一緒にいることが不思議でならなかった。

アズキの中で、ある想いが浮かんだ。

(もしかして、3人で協力して、鈴を取ることになるのかな…?)

そう感じると、急に元気を取り戻した。
追ってきている影に感じていた恐怖が、和らいだ。

「ねぇ、一緒に鈴を取ろう?」

自分からイガに声を掛けるなど、久しぶりのように感じた。
また、「やめて」との言葉以外の台詞を伝えたのは、もっと久しいだろう。

淡い期待を抱き、アズキはぎゅっと手を握り締めた。



「はぁ?なに言ってんだよ?」

協力しようと自分の目の前に現れたのではないのか。
イガの予想外の言葉に、アズキは驚いた。

「お前、先生から特別に鈴を貰っておいて、なにが“一緒に”だよ。哀れみか」

彼が言っていることが理解できなかった。

―――鈴を貰う?

確かに、ナルトから特別免除で鈴を渡された。
しかし、アズキはそれを断り、押し返していた。

自分が下忍になるために、誰かを犠牲にしなければならない。
それは分かっているが、ズルをして下忍になるのは、申し訳なかった。
例えそれがイガだったとしても、自分の実力で勝ち取ったのではないのだから、スッキリしない。

それよりも、ナルトの言った“仲間”の言葉が、妙に心に響いたせいもある。

班発表の当初、苦手なイガ、何を考えているか理解できないヤイバと一緒になり、落胆と不安な気持ちでいっぱいだった。
その晩、どうしようもない結果に、落ち込んだ。

しかし、ナルトと対峙して、自分だけの力ではどうしようもないと痛感したとき、仲間の力が必要だと感じた。
今のアズキの仲間は、親友のネイロではない。
ここにいる、ヤイバとイガだ。
そう考えたとき、アズキの中で何かが弾けた。

好き嫌いしていてはダメだ。

苦手なら、好きになる努力をしよう、と。



「わ、私、鈴は貰っていないよ。すぐ返したよ」

「ほら、貰ってんじゃないか。抜け駆けしやがて」

「だ、だから、返したって。それで、ナルト先生に“容赦しないぞ”って追いかけられていて…」

イガが、ヤイバを小突いた。
一瞬、無表情の彼の顔が苦悶の表情になった。
それは一瞬で、気のせいだろうかと、アズキは思った。

ヤイバは、さっとアズキの後ろに回り込み、羽交い絞めにした。

「……ゴメン、でも、下忍になる為だ」

彼の声は、表情を見なくとも、辛そうだった。
微かであるが、歯ぎしりの音が聞こえた。

「ほ、本当に持ってないよっ!それに、早くここから離れないと!ナルト先生に追いつかれる!」

「黙れ、顔ナシ!」

イガはアズキの髪の毛を一束掴み、引っ張った。
ヤイバに押さえつけられている為、前のめりにもなることができず、痛みをぐっと堪えた。

背後の歯ぎしりの音が、大きくなった。

「さっさと、出せっ!」

「やめて、持っていないって!」

悲鳴を上げて、ヤイバから逃れようともがいた。
一瞬彼が躊躇ったようだった。
その隙を突いて、アズキは彼の腕から逃れ、イガの手を振り払い、後ずさりをした。

アズキが2人から離れた時だった。
頭上から二つの気配を感じた。
その時まで、全く感じることができなかった。

自分よりも大きな影が真上から、イガとヤイバ、それぞれ背後に降り立った。
ナルトと、その分身だった。
片方のナルトは鈴が二つ、もう1人には鈴が1つあった。
鈴を2つ持っているナルトのポーチからは、アズキの顔の泥を拭ったハンカチが飛び出ていた。

「まったく、お前ら、何をやっているんだってばよ…」

顔をしかめて、ハンカチを持っていない方のナルトが、ヤイバの項を叩いた。
ヤイバはそのまま気絶して、地面に倒れた。

「な、なんだよこれ…」

負け惜しみにしか聞こえない声を発して、イガはヤイバと同じように倒れ込んだ。

伸びている2人を見下ろして、そして目の前に立つ相手を見て、アズキはへたりと座り込んでしまった。
ちょうど、鈴を一つ持っているナルトのポーチから、電子音が鳴った。

「んっ!試験、終了ってばよ」




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