(11)鈴の誘惑



バサバサッ
鳥が慌てて飛び去って行った。

(嗚呼、休憩しているときに悪かったってばよ…)

鳥の背中に向かって笑いかけ、ナルトは3人を飛ばしたそれぞれ方角を見た。
飛ばしたばかりのイガは、まだ起き上がることが出来ない様で、悶えていた。
それでも、姿だけは隠そうと、地面を這いつくばって茂みに引っ込んで行った。

(そりゃ、簡単に起き上がれねぇわな。千年殺しはある意味最凶の技だし)

ヤイバは態勢をすぐ整え、ナルトの様子を伺っているようだ。
すぐ逃げることができて、すぐ攻撃を仕掛けることができる間合いを取っている。

(一瞬、刀が止まったな…)

何故だかわからないが、切りつける少し前の迫力が、一瞬にして霧散した。
目が躊躇っていた。

(こりゃ、“何か”があるな)

そう思って、また別の方角を見る。
最初に、相手になったアズキは、だいぶナルトとの距離を取ったようだ。
林の奥に逃げ込んで、出てくる気配がない。

(ちょっとビビらせちまったかなぁ…でも…実際の戦闘はこう甘くねぇし)

ナルトは、頭を掻き悩んだ。
3人力を合わせて向かってくるように言ったものの、全く協力する気がない。

アズキは、イガを敬遠しているが、ヤイバは気にかけているようだ。
ヤイバは、ほぼ単独行動で、しかしアズキを気にしているようだ。
イガは、完全にアズキを無視しているが、ヤイバと手を組もうかと考えているようだ。

彼らを迎えに行く前、イルカが「かなり癖のある組み合わせだぞ」と言っていたことが、ようやく理解できた気がする、とナルトは感じた。

腰のポーチに引っ掛けてある鈴をそっと触れて、昔の事を思い出した。

恩師である、カカシもこうして頭を悩ませていたのだろうか。
自分は、とにかく強がっていた。
サクラの目の前で格好いいところを見せたくて、サスケに一泡食らわせたくて。
そうして、サクラもサスケも顧みず、突っ走っていた。

2人も頭の中から「協力」の文字が抜けていて、サクラはサスケばかり気にして、サスケは単独行動でカカシに向かっていた。

アズキ達の行動が、昔のナルト達の姿と被った。
決して仲の良い関係ではなかった。
しかし、同じ試練を乗り越えていくにつれ、自然と信頼関係が出来上がっていた。
サスケは、イタチとの邂逅後、抜け忍になり、幾たびの衝突もあったが、今はこの里に戻って来て居る。

(誰ひとり、道を踏み外さないように導いてやらないとな)

きっと、カカシもそう思っていたはずだ。
だが、結果的にサスケを止めることができなかった。

(父ちゃんもカカシ先生もできなかったこと、オレが代わりに果たしてみせるってばよ)

パンッと頬を軽く叩き、ナルトは、不敵な笑みを浮かべた。

「予定変更だ!今からこっちから攻めて行くってばよーーー!」

2つの鈴が揺すられ、リィンと涼しげな音が鳴った。
その鈴の片方をそっと触れて、ナルトは3人がどのように行動するか考えた。



―――できない。

アズキは大きな幹の根元で体を丸め、蹲っていた。
上着の袖を強く握り締めて、震えていた。
早く試験が終わって欲しいと強く念じていた。

あのとき、敵わないと分かっていたのに、ダメもとで突撃していった。
自分の行動に驚いてしまって、ナルトに摘ままれたことを感じることさえ余裕が無かった。
何も抵抗ができず、されるがまま、投げ飛ばされてしまった。

着地点は草木の上で、対して怪我はなかった。
しかし、酷く驚いてしまい、慌てて林の奥に隠れ、それからじっと動けかないでいる。



―――強くなりたい。
始めてそう思ったのは、あの時だ。

病院のベッドで目が覚めて、とても不安を感じた。
まだ少し痛む頭を動かし、両親の姿を探した。
すぐ傍に居てくれていたようで、とても安心感を覚えた。

だが、2人の様子を見て、驚き戸惑ってしまった。

母は泣いて、うわ言のように何度も謝ってきた。
父は泣きそうな、悔しそうな顔をしていた。

―――なんで、悲しそうな顔をするの?私は、大丈夫なのに。

そう言って、母の手に触れた。
母はアズキの手を握り返して、サイドテーブルに置かれていた鏡を取って渡した。
なぜ鏡を渡されるのだろう。
疑問に思いながら、アズキは自分の顔を鏡越しに見た。

―――え?

髪と同じ小豆色の双眼の片方だけ、失われていた。
明らかに異なる色―――薄茶色になっていた。

鏡が無ければ気が付かなかっただろう。両目とも視えるのだから。

どうしてこうなってしまったのか。
騒動に巻き込まれ、母とはぐれて、爆風に吹き飛ばされたところまでは覚えている。
その後、頭や顔を打ったらしく、気を失った。

―――顔の傷は、お医者様が残らないように綺麗にしてくださったわ。
―――でも、目の色はお手上げだって・・・・・・

―――お母さん、私、ちゃんと視えているから大丈夫だよ。
―――目の色だって、違っていても、ヘーキだよ。

―――でも…。

―――父さんからも謝らせてくれ。すぐ駆けつけられなくてゴメンな。

柔和な顔つきの父が、今は暗く落ち込んでいた。
2人の顔つきを見て、アズキは唐突にある決意をした。

―――ヘーキ。それよりも、私、お父さんみたいな、忍びになる。

―――!?

―――お母さんやお父さんみたいな悲しい顔、見たくない。
―――だから、私、強くなって、もう2人にそんな顔、させない!



そうだ、思い出した。
忘れてはいけなかった。

アズキには、何が何でも忍びにならなければならない理由があった。
両親を守る為に、自分自身が強くなりたい為に。

(諦めちゃダメだ)

力不足のアズキでも、ナルトに対抗できる策があるかもしれない。
落ちこぼれと言われ続けても、顔ナシと揶揄されていても、任務の合間で修行に付き合ってくれた父と、親友のネイロと為にも。

(ここで、負けられない!)

そう強く思ったら、心に闘志の炎が点った。

まず、気は進まないがイガを探した。
アズキ達の中で、文武両道、一番実力があるのはイガだ。
彼なら、何か妙案があるかもしれなかった。

立ち上がり、木の陰から広場を覗き見た。
ナルトは頭をボリボリ掻いて、何やら思案している様子だ。
先程、「こっちからいくぞ」と宣言したものの、一向に向かってくる様子がない。
次に、イガの位置を確認しようとした。
すると、ナルトの背中側、ちょうど広場を挟んで反対側の林に身を隠しているところを発見した。

彼は、アズキと協力したがらないだろう。
それは重々承知だ。
しかし、ナルトから鈴を取るには、個人の力だけでは敵わないことは、アズキでも分かっていた。
鈴は2つ、恐らく合格者は2人。誰か1人、アカデミー戻りになる。
アカデミーに戻りたくない、しかし、3人全員が試験に落ちることの方が、もっと不幸だ。

少しずつ、じりじりと足を移動し始めた。
キョロキョロあたりを見回すナルトの視線が、一瞬でもアズキがいる場所から逸らされる時を待って――――。

ナルトが完全に、アズキに背を向けた。

(今っ!)

地面を蹴り、なるべく音を立てないように、茂みを縫って走った。
ちょうど風が吹いてきて、草木が揺れて音を奏で、アズキの移動する音をカモフラージュしてくれた。

(風が収まらないうちに、イガ君に近づかないと…)

突然、足元に黒い影が通った。
前方とナルトに目線を集中していたため、反応が遅れ、もろに足を引っかけてしまった。

ステーン

豪快に顔から転んでしまった。

「イタタタ」

「あ、悪りぃ、悪りぃ…!大丈夫かってばよ」

「せ、先生!?ふごっ」

「シッ!大声を出すなってばよ」

ナルトは、アズキの口を手で塞ぎ、口元でしーっと人差し指を立てる。
辺りを警戒している様子だった。
アズキに緊張が走る。

「な、なんで、先生が。…先生は、あそこに…」

広場にいるナルトと今目の前にいるナルトに視線を交互に移動させて、アズキは震えた声で尋ねた。

「あれは、分身だ。って、そんなにビビんな。何もしねぇよ。
……むしろ、オレはアズキを助けに来たんだってばよ」

ナルトの言葉の意味が理解できず、アズキは戸惑った。
予想通りの反応だったのだろう、ナルトは苦笑して、ポーチから取り出したハンカチをアズキの頬に当てた。
泥だらけな顔が綺麗になっていった。

「お前を見ていると、昔のオレを思い出すんだ。…努力しても、落ちこぼれと呼ばれ続けて、皆を見返してぇと思っていた」

アズキはこくんと頷いた。
まさか、この状況下で、ナルトから彼の過去を聞かされるとは思ってもみなかったのだろう。

「だから、他人のように思えねぇんだってばよ。…だから、ほれ、内緒だぞ」

「…!?」

ナルトが懐から取り出したものを見て、アズキは仰天した。

リン…

軽い音を立てて、アズキ達のターゲットである鈴が現れた。
ナルトは彼女の手を取り、鈴を握り締めさせた。

「気が付いていると思うけれど、鈴は2つしかねぇ。つまり、下忍になれるのはお前達3人の内2人だけだ。……そのうちの1つをお前にやる」

「え」

アズキの頬に汗が伝った。
心臓がバクバクと早く脈打つ。

ナルトの個人的な思い入れのお陰で、何の努力もなしに鈴を手に入れることができる。
無暗に、彼へ体当たりせず、投げ飛ばされずに済むのだ。
終了時間が来るまで、アズキは大人しく林の中で身を潜めているだけでいいのだ。
これ以上、楽なことがあろうか。

「ただし、ちょっと、オレに協力してくれってばよ」

鈴へ向けていた目線を、ナルトに向けた。

「これから、イガとヤイバに攻撃を仕掛ける。お前には、そのアシストをしてもらいたいんだ。同じ班の“仲間”を裏切る形になるけど、どうだ、できるか」

ドキッと心の臓が飛び跳ねた。
冷や汗がどっと溢れ出た。

―――仲間。

その言葉が、不思議と胸に響いた。
目を閉じれば、あの苦手なイガと、何を考えているか分からないヤイバの顔が浮かんだ。
どちらも、アズキを快く思っていない、と感じている。

しかし、いくら嫌われていようと、今は同じ第七班なのだ。

震える瞼をゆっくり開き、鈴をじっと眺めた。
リン…と鳴る鈴が、きらりと光った。

「……先生、私……」

アズキは、ギュッと鈴を力強く握った。




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