(9)最初の試練




まさに怒涛の一日だった。
班分けで一緒になりたくなかったイガと同じ班になって落ち込み、
額当ての件で仲良くなれそうだと思っていたヤイバに拒絶され落ち込み、
頼りないと思っていた無精髭の男が実は憧れていたうずまきナルトであったことに驚き―――。

落ち込んで、驚いて、喜んで、戸惑って―――。
感情がコロコロと変わるたび、表情も忙しなく変わっていき、その日一日で顔の筋肉を二日分使った気がした。

家に帰って、ベッドにうつ伏せになり、その日のことを思い出した。

ナルトが姿を明かした後、十数分以上かけて説教された。
爽やかな青年の印象があった彼だが、怒っている表情は恐ろしいものだった。
目の錯覚なのか、目の色が赤く変色しているように見た。

主に、イガとヤイバが叱られていたが、アズキも巻き込まれる形で、ベンチの上で正座をさせられた。
狭いベンチの上はバランスが悪く、会話に集中しながら姿勢を保つのは困難だった。
そのため、ナルトの言っている事の半分以上は頭の中に入ってこなかった。

もしかしたら、ナルトは最初からアズキ達を言い含める為に説教をしていたわけではなかったのかもしれない。
もし、真剣に聴かせるのなら、ベンチの上でとは言わないはずだ。

なぜか、そう感じた。

ナルトの意図を考えようとしたが、今は睡魔に勝てるかどうかが問題だ。
夕食の当番はアズキだった。
昨日作ったハンバーグが残っていたはずだ。
それを温めて、ご飯を炊いて、スープを作れば、簡略ではあるが夕飯は完成だ。

気だるい体を鞭打ち、アズキは起き上がった。
足をふらつかせて、台所へ向かう。
食欲はあるが、作る気力がない。
しかし、今日なにか食べなくては、明日の体力が持たない。

解散する前、ナルトに言われたのだ。

「明日、朝食を抜いてくるように」

謎の指示に疑問を持ったが、アズキ達は目の笑っていないナルトの笑顔に、ただ大人しく従うしかなかった。



次の日。

朝の陽ざしが優しく照らす第三演習場に、アズキ達はやってきた。
雀のさえずりが響き、木々が葉を擦れ合わせる音が、風に乗って流れてくる。

しかし、その爽やかな朝の空の下、アズキ達の表情は冴えなかった。

アズキはお腹を鳴らしながら、丸太の前で蹲っていた。
それは、ヤイバやイガも同様で、げんなりした様子だ。
ヤイバは相変わらず表情が乏しかったが、腹を擦っている様子から、空腹を紛らわしているのは明らかだ。

時間通り、ナルトが現れた。

「グッドモォーニーングッ!どうした、お前ら、元気がないぞ」

「元気がないのは当たり前だよ、先生!腹減った〜」

昨日ほど、イガの言葉に棘はなかった。
余程、ナルトの説教が堪えたのだろうか。

隣で、ヤイバが頷いた。

「うん、うん。いい具合で、腹を空かしているってばよ」

「先生、昨日のお仕置きかよ」

「そう思ってもらっても構わねぇってばよ。今日はその状態のまま、お前たちがどのくらい技術と能力があるか、試させてもらうからな」

「鬼畜―!」

「ちなみに、これは下忍試験も兼ねているから、頑張ってくれってばよ」

しばしの沈黙の後、ヤイバが恐る恐る尋ねた。

「下忍試験って、なんですか」

「お前たちは、正確に言うと下忍候補生なんだ。まだ下忍として任務にも立つことを許されていない身分だ。オレのような担当上忍が、それぞれ下忍に昇格させるか否か判断するんだってばよ」

「じゃぁ、この試験に落ちたら…」

「ん!アカデミーに逆戻りだってばよ」

ガクッとイガが地面に手を着いた。
イガはアカデミーを卒業してすぐに任務に就くことができると信じていたのだろう。
以前、小耳にはさんだことだが、イガには兄がいるらしく、卒業と同時に難易度の高い任務を任され、それを遂行したという。
兄がいるにもかかわらず、下忍試験のことは知らなかったらしい。

ふふふ、とイガが不気味な笑い声を上げた。
アズキとヤイバはギョッとしてイガを見下ろした。

「アカデミーに逆戻り?ふざけんじゃねぇ!…やってやろうじゃないか!俺は天才だからな、軽くクリアしてみせるよ」

自信満々に、ナルトを指差して高らかに笑った。
ヤイバも「そうか受かればいいか」と独り言を呟いて、刀の鞘を下げているベルトを調節した。やる気は十分だった。
アズキは、まだ状況が読み込めず、オロオロしていた。

ナルトは目を丸くした。
てっきり、昨日のように文句をぶつけてくると思っていたのだ。
彼の意気込みは、以外にも周りに伝染するようで、険悪な関係のヤイバにも影響をいい意味で与えていた。

(……その傲慢な性格が軋轢を生む原因なんだろうけど、もっと相手を思いやる気持ちを考えさせれば、いい方向へ周りを率いていけるかもしれねぇな…)

只一人、イガの影響を受けなかったアズキを見て、ナルトは心の中で苦笑した。

(この子も、もっと自信が持てるといいのにな。…まぁ、そこは追々“あいつ”からフォローしてもらおうってばよ)




「じゃあ、試験のルールを説明するってばよ」

リィン…

ナルトは懐から2つ鈴を取り出した。
何んの仕掛けもない、音が綺麗な普通の鈴だった。

「お前達には、この2つの鈴をオレから奪い取ってもらう。忍術、体術、幻術、武器、ありとあらゆる技術、武器を遣ってオレに向かってこい。殺す気で来ないと、オレに傷一つ負わせることはできねぇ」

リィン…カシャン…リィン…

「もちろん、全く手を出さないことはない。そっちが攻撃して来たら返す。そうだな、ラスト15分くらいになったら、オレから仕掛けに行こうかなってば」

リィン…リィン…

揺れてぶつかり合う鈴の音が耳に入ってこない程、アズキはパニックになっていた。

(無理…!ナルト先生ほどの人から、物を取るなんて私にはできない!)

試験と聞いて、アズキは半分諦めモードだった。
忍術も、体術も、忍具の技術も、常に成績はドベだった。
試験や授業以外では、それなりに上手く駆使することはできたが、本番になると途端に、本来あるであろう能力を発揮することができないのだ。

「だだし、一つルールを設けるってばよ」

一呼吸置いて、ナルトは口を開いた。

「“3人で力を合わせて掛かってくること”―――以上!」

「オッス」

「まぁ、鈴が取れさえすればいいか」

イガが屈伸を始めた。
ヤイバは手首足首を廻し始め、ストレッチしている。
2人とも、実力はナルト以下だと分かっているはずなのだが、取る気満々だ。

ふと昨日布団の上で寝転んでいるときに考えていた事が頭を過った。

彼らも気が付いていたのかもしれない。
ナルトが指示した、あの奇妙なことを。

きっと、手加減をしてくれる。
そう思っているのかもしれない。
そうだ。きっと、そうだ。

先の大戦での英雄譚は耳にしている。
尾獣の力を惜しみなく使い、強敵に立ち向かったこと。
うちは一族の生き残りとの死闘も、伝説で語り継がれる終末の谷の闘いを彷彿させるものだったらしい。

彼が本気で攻撃して来たら、アズキ達はひとたまりもない。

「制限時間は1時間だ!よーい……散!」

合図と同時に、イガとヤイバはサッとその場を離れ、木や茂みの陰に身を隠した。
判断が遅れ、アズキだけがぽつんと残された。

「え?え?」

まだ心の準備ができていなかった。

「へぇ、アズキは度胸があるんだなぁ」

にっこり微笑むナルトを見て、アズキは終わったと思った。





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