(5)屋上からの眺め
卒業生達の間で、ある噂がたっていた。
あの第四次忍界大戦の英雄うずまきナルトが教官に就くという噂だ。
彼がどの生徒担当になるか、詳細は不明だったが、彼が先生になる可能性があると知った彼らは浮き足立っていた。
そもそも、なぜそのような情報が流れたのか。
原因は、あるちょっとしたハプニングからだった。
卒業試験間中のある日、ナルトはヒナタ達と共にアカデミーを訪問していた。
目的は、これから部下になるであろう卒業候補生の下見だった。
まだ、ナルト達にはどの生徒が配属されて来るのかを知らされていなかった。
それでも雰囲気だけは掴みたいと綱手に申し出て、今に至る。
「おおっ!組手をしてるってばよ」
「私達も同じことをやったね」
和気あいあいと談笑しながら、アカデミー生の様子を高みの見物する。
ちょうど敵対の印を結び、組手にはいるところだった。
男物の服を着ている柔和な顔の女子と、日向家の女子の対戦だった。
開始の合図と共に、日向の子が飛び出し、一族独特の体術で攻め入った。
相当チャクラを練り込んでいるのだろう、掌からチャクラが漏れだしていることが容易に分かった。
相手は蒼白な顔で避け続けている。
反撃しようにも、日向の攻撃のインターンが短く、隙を突けないらしい。
「あの日向の、なかなかいい腕をしている。ヒナタは知っているのか」
シノが問うた。
「うん、マキっていう子なんだけど、とても優秀だよ。年が近いこともあって、ハナビとも仲が良いの」
「ほほう」
テンテンが顎に手を当てて興味深そうにマキを見た。
ばんっと叩かれる音がして、視線を試合に戻すと、相手の女の子が目を回して伸びていた。
マキに無理矢理叩き起こされ、和解の印を結び、脇に下がっていった。
へたりと座り込んだとたん、試合を見ていた男子にからかわれ始めていた。
「…ん?あいつ、よく見たら男か!」
ナルトが驚きの声を上げる。
倒されたのは女ではなく、男だったらしい。
「確か、あれは早乙女家の人間だ。芝居や変装がうまい一族で、潜入任務に長けている」
シノがグラサンを光らせて語った。
フードに隠れて表情はわからないが、どこか浮き浮きしていた。
「楽しそうだね、シノくん」
「俺は対人相手の情報収集を得意としていない。なぜなら、蟲使いは遠距離からの攻撃を得意としているからだ。任務用の蟲は本来偵察ように躾られている。情報収集といっても蟲のように、遠距離だけで行うのは不都合が多い。部下として近距離に長けているものがいれば、さまざまな作戦を練ることがで」
「だー!長げえよ!」
ナルトがシノの回りくどい説明にうんざりして、会話をぶった切った。
「それにしても、あのマキって子、素質がいいわぁ!あの子部下に欲しいな」
目を輝かすテンテンに、ナルトをヒナタは苦笑した。
「あとね、目を付けている子がいるんだ!風来ヤイバって子なんだけど。噂じゃ、剣の達人!しかも、その年で二刀流を極めているって話なの。忍具マスターのあたしとしては、ここはなにがなんでもヤイバに…」
「テンテン、それは必ずしも叶うとは限らない。なぜなら」
配属先は火影や上層部の人間が決めるもので、申請書を出したとしても受理されるかどうか分からないのだ。
身内や親しい者が固まればチームワークは良くなるかもしれないが、その反対に馴れが生じ任務に支障をきたすこともある。
また、特定の一人の忍を依怙贔屓してしまうこともある、と。
以上のことを長々と説明しているシノだったが、誰も聞いていないことを知ってショックを受けた。
(ヒナタもか…)
以前なら、さりげなくフォローしてくれたが、今回はそれがなかった。
暗いオーラを放っているシノを余所に、ナルト、ヒナタ、テンテンはアカデミー生の組手を観戦していた。
ばたんと屋上の扉が開いた。
犬の鳴声と共に、キバと赤丸が現れた。
何故か、赤丸は元気がなく、毛並みもボロボロになっていた。
「よう、お前ら、こんな所で何をしてるんだ?」
片手を上げて気さくに話しかけてきたキバは、手すりにぐったりともたれかかった。
「どうしたんだってばよ、キバ?疲れているのか」
ナルト同様、騒がしさが代名詞のキバにしては、どうも様子が可笑しい。
「任務でアカデミー生に忍犬について講義したんだよ。まだ入学して一年目の奴らでよ…。ペットと同じような感覚で赤丸に触るわ、乗るわ、毛を引っ張るわ……はぁ…」
「く〜ん」
赤丸も相当疲れているようだった。
「ご、ご苦労さんだってばよ…」
労りを込めて、ナルトはキバの肩に手を置いた。
サンキュと言って、キバも組手観戦に参加した。
ふと赤丸が何かに気が付いて、ワンと一声鳴いた。
キバが反応して、グランドをよく見て、むくっと起き上がった。
「お?あいつがいる。おおーい、スワリ!!」
大声でスワリという少年の名前を呼んだ。
ちょうど組手を始めようとしたところで、体格のいい少年と向き合っていた。
頭上から突然自分の名前を呼ばれて、驚いたのだろう。
キョロキョロ周りを見回し、声の主を探していた。
「……あいつ、テンパるからなぁ…」
「スワリっていうのか。忍犬も一緒にいるな。キバの親戚ってば?」
「ああ、はとこなんだ。パートナーは、シロクロっていうんだ。…しっかし、あいつ全然背伸びないな」
頑張れよーとキバは彼に声を掛け、手すりから身を乗り出して手を振った。
次の瞬間、グランドからわっと歓声が上がった。
何事かと、ナルトが身を乗り出したところ、さらに叫び声が上がった。
皆、屋上、つまりナルト達の方を指差していた。
まるで有名人に遭遇したかのように…。
―――有名人?
「もしかして、オレ?」
「だな」
「だろうな」
キバとシノが苦笑いしながら、答えた。
テンテンが「手を振ってみたら」と笑いながら提案して来た。
取り敢えず、ナルトはその通り行動してみた。
すると再び歓声が上がった。
誰もが興奮して、目を輝かせて、ナルトを見ていた。
ゾクッ
その興奮の渦から、鋭い冷たい視線を感じ取り、ナルトは冷や汗をかいた。
敵意むき出しの視線。
しかし、悪意とは異なる気配だった。
気配を辿ると、一人の少女がものすごい形相でナルトを睨んでいた。
先程会話で話題になった、日向マキだった。
他の女子は羨望の眼差しでナルトを見ているのに対して、彼女だけはまるで獲物を狙っている肉食動物のような目をしていた。
「な、何で、マキって子は、オレを睨んでいるんだってばよ!?」
睨んでいるのはナルトのみ。
ヒナタやキバ達には、笑顔で手を振っている。
その冷遇に、ナルトは身に覚えがなく、戸惑った。
彼女のことを知ったのは、つい先ほどのことだ。
「えっとね…」
ヒナタがどうしようものか考えているようで、目線を上向きに、指を突っついた。
「なぁ、ヒナタぁ…!オレ、何かした!?」
ナルトがヒナタにしがみ付いた。
マキからの視線がさらに冷たくなった、ような気がした。
「マキ、ナルトくんが私を無理矢理奪って行った、と思っているみたいで…ハナビ曰く」
「はぁ?」
ナルトは、目を白黒させた。
「マキは私にとても懐いていて…。で、でも、ナルトくんと付き合い始めた頃は、フツーだったんだよ。楽しそうで嬉しいって言ってくれて…。でも、半年くらい前から、突然ナルトくんに敵意を向け出し始めて…」
ヒナタも困ったように、マキの様子を伺った。
ヒナタの言葉に、キバが反応した。
「半年つーと、ん?たしか、お前らが、どう…」
「おーい!ナルトォォォ!今すぐ帰れっ!授業にならん!」
キバが何か言い掛けたが、イルカの怒声が響いて聞きそこなった。
シノが下の教室を確認すると、騒ぎを聞きつけた他の生徒達が窓から身を乗り出して、屋上を見上げていた。
教師が席に戻るよう注意していた。
ここは引き上げた方がいいだろうということになり、ナルト達は言われるがまま退散した。
校門の前で解散し、ナルトとヒナタは帰路についた。
やっとヒナタと二人きりになれたが、ナルトは心中穏やかではなかった。
(…日向マキの担当になりたくねぇ…)
チラリと火影室の窓を見て、溜息を吐いた。
まだ知らされない人事異動に、不安を感じるナルトであった。
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