サクラ、頑張る
ヒナタに元気になってもらおうと、またナルトとの関係を元通りにさせてやりたいと思い、サクラは悩んだ。
無理やり2人を合わそうにも、ヒナタがすぐ逃げ出しそうだった。
だが、悩んでいる時間はあまりなかった。
ネジがこの島に留まると決断し、ヒナタの体調も回復して、数日。
島の至る所から、ヒナタが一人でいるところが目撃されていた。
いのとテマリからは、浜辺で無心になって穴を掘っていた、と教えられた。
波が来て、穴が埋まっても、そこをニヤッとひと笑いして、また掘り出すのを繰り返していたというのだ。
また、噴水広場でも目撃されていた。
夜の誰もいない広場で、噴水の水をバシャッ、バシャッと撥ねて遊んでいたらしい。
その表情は虚ろで、夜の暗がりも伴ってなのか、不気味に見えたという。
病んでいる。
本人はいたって「大丈夫」というが、明らかに心がボロボロになっている。
これは荒療治も必要だと感じたサクラは、あの日に立ち会った一人であるリーの元へ相談しに行った。
「ボクも噂で聞きました。サクラさんの言う通り、早急に対策を打たなければ…」
「私も何かしたいと思っているのだけれど、いいアイデアが浮かばなくて…」
チラリとリーを見る。
「…ハッ!わかっていますよ。ただ2人を会わせるだけでは、解決しないということは」
「…私、まだ何も言っていないけれど…。ま、とにかく、気兼ねなくナルトと楽しくパーッと過ごせる環境があればいいなとは考えているけれど。いっそのこと、島を出て旅行に行くのもいいかなとは思っているんですよね」
「ハッ」
何かを思い出したように、リーは小物入れの引き出しを掻き回し始めた。
何をしようと考えているのだろうか、とサクラが思っていると、リーはある長封筒を取り出してきた。
「サクラさん、いいものがありますよ」
差し出された封筒を覗いてみると、緑色のチケットが入っていた。
取り出して印刷された文字を読んで、サクラはぱぁと顔を輝かせてリーを見た。
「いいじゃないっ!これなら誘っても不自然じゃないし、否応なく一緒にいる状態になるわ!パーッと楽しく過ごせるし、一度島を出ることも可能だわ!リーさん、さすがです」
「いやぁ、照れます、サクラさん」
「でも、これ3枚しかないですよ。どちらが付いて行きます?」
リーは手の平を前に出し、ストップの姿勢を取った。
「ボクはいいです。サクラさんが行ってきてください。ボクじゃ、何をしでかすか分かりませんし、恐らくボクよりもあなたの方がヒナタさんとナルトくんの気持ちをよく理解していると思います。ですから、どうぞ構わず、使ってください」
リーさん…と呟き、サクラは頭を下げた。
「ありがとうございます。有難く使わせてもらいますね!」
「僕の方こそ、これしかお役にたてずスミマセン」
「いいんですよ!あとは、私に任せてください」
3枚の緑色のチケット――旅行券を見つめながら、サクラは希望を見出した。
そして、なんとしてでもヒナタをナルトに会わせ、元気になってもらおうと心に誓ったのだった。
旅行当日、サクラはいち早く集合場所である波止場へ来た。
出かける前、部屋の前でリーからエールを受け取り、意気込んだ今日。
サクラは、どんと来い!の心構えで、2人の到着を待った。
集合の10分前に、ヒナタが姿を現した。
カラカラと小さなスーツケースを引いて来た。
足取りも軽やかで、サクラはほっとした。
「ヒナタ、おはよう。元気そうで良かった」
「おはよう。ごめんね、気を遣わせちゃって…」
「いいのよ。あと一人来るから、もう少し待っていてね」
「あと一人…?」
「おおーい!サクラちゃーん、ヒナター!」
ヒナタが跳び上がった。
声のする方へ勢いよく振り返って、大声の主のナルトを凝視した。
サクラに向き合って、ヒナタは抗議した。
「な、ナルトくんが来るって、聞いていないよ…!」
「ヒナタ、いつまでも逃げていちゃダメでしょ」
両手でヒナタの肩を抑え、サクラは真剣な表情で続けた。
「ナルトへの想いは、仮初めの恋なんかじゃない。ヒナタは本当にナルトのことが好きなの!ステータス?そんなの誰しも少しは気にすることよ!もし、ナルトのことに自信がないなら、今までのナルトとのこと、忘れなさい」
ポカンと口を開けて、言葉が出てこないヒナタ。
言葉がまだ呑み込めていない様だった。
「一回忘れて、心機一転、ナルトにもう一度惚れちゃえばいいのよ。今度は、御家騒動が絡んでいない、“ヒナタ”の素直な気持ちがメインになると思うから、ね」
ウインクするサクラに、ヒナタは一つ頷いた。
まだ「心の整理が付いていないが…」というヒナタを、サクラは力いっぱいナルトの方へ押し出した。
旅行先は京都だった。
現代的な建物が多く立ち並ぶも、昔の面影を所々残している古き都。
主に、3人は寺院巡りをして、昔ながらの建物や庭を見学して、京都を堪能していた。
サクラは前を歩く、ヒナタとナルトを見ていた。
出航してしばらくは、サクラが間に入って会話をしていた。
それでもヒナタの接し方にぎこちなさを感じ、ナルトも彼女に影響されて、気まずい雰囲気になってしまっていた。
さい先が悪いように感じたサクラだったが、しかしそれは杞憂に終わった。
京都に着いて散策していくにつれ、サクラが仲介しなくても2人仲良く会話できるようになっていったのだ。
秋に紅葉が綺麗な庭で写真を撮ったとき、サクラはまだギスギスした2人を気にし過ぎて顔が俯いてしまった。
シャッターを押してくれた観光客に「あなただけ元気ないですね」と言われて初めて、ナルトとヒナタが笑って会話していることに気が付いたのだ。
(ヒナタにお人好しって言ったけれど、私も相当お人好しかもね…)
ヒナタに、こっそりナルトとはどうかと耳打ちすると、頬を赤らめながら「ありがとう」と返してくれた。
「サクラのお陰で、私、また勇気が出たよ…」
にっこり笑うその顔は、ネジが来る前の幸せいっぱいのヒナタの顔だった。
(もう、大丈夫かな)
2人が自分の気付かないところで、どのような会話をしていたのかは分からない。
しかし、仲良くなってくれさえすれば、それで充分だと感じた。
最終日に3人一緒に撮った写真は、サクラも満面の笑顔だった。
「ふわぁ〜楽しかったってばよ」
「うん!立派な建物もたくさん見ることができたし、行ってよかった」
大きな欠伸をして、ナルトは伸びをした。
ヒナタも小さく欠伸をして、眠そうだった。
京都を満喫した3人は、数日ぶりに島へ戻ってきた。
それぞれの部屋に荷物を置き、今、ヒナタの部屋で一緒に寛いでいる。
「サクラちゃん、誘ってくれてありがとうってばよ!」
「ありがとう…サクラ」
2人にお礼を言われ、サクラは照れながら「どういたしまして」と言った。
旅行のお陰で、ヒナタの心の中にあった障害もなくなったようで、サクラは安心した。
こほんと咳払いをして、サクラは立ち上がった。
「さてと、私、先に帰るね」
そう言って出て行こうとするサクラを、ヒナタとナルトは驚いて慌てて引き止めた。
まだ寛ぎ始めて10分も経っていないのだ。
「ちょーっと、やらなきゃいけないことを思い出したの。あとは若い2人だけでごゆっくり・・・」
「まてまてまて、若いって同い年だろ、サクラちゃん」
「何、赤くなっているのよ、ナルト。ヒナタと二人きりと聞いて、ドキドキしているの?」
ぽんと音が鳴って、ヒナタが顔を真っ赤に染めた。
旅行中、2人だけで話すことはあったが、“2人きり”とは意識していなかったようだ。
紅葉の色を思い出させる2人の顔色に、サクラは声を上げて笑った。
「じゃあ、またね」
扉に背を向けて閉じて、すぅと深呼吸した。
ふと目線の先に、リーがいることに気が付いた。
「お2人の様子はどうですか」
サクラは、親指を立てて手を突き出した。
「上出来」
みるみるうちにリーの顔が明るくなっていき、そして飛び跳ねた。
2人に気づかれるとリーを抑え、サクラは彼の背中を押してヒナタの部屋の前から離れた。
もう一度、彼女の部屋の見たとき、男女の笑い声が聞こえた。
本心はこっそり覗いて、2人がイチャイチャしている様子を眺めたかったのだが、ぐっと堪え、サクラは空気をめいっぱい吸い、深く息を吐いた。
(頑張ってよかった…)
そう微笑むサクラを見て、リーもまた微笑むのだった。
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